小人たちが帰ってくる時刻は日に日に遅くなっていった。


 ネスは分針がひとつ動くごとに、さらなる緊張を積もらせていった。時間が進めば進むだけ、シラユキの機嫌が悪くなるからだ。そして、そこまで昂った苛立ちはすべて小人たちへの暴力という形で清算される。ネスはそれを恐れた。


 ある夜、シラユキはとうとう怒りの限りに達し、彼らに食事をとることを禁じた。彼女は自分の手が痛くなってしまうまで彼らをいたぶったあと、突き飛ばすようにして家の外に追い出した。


 「仕事もしてこない。帰ってくるのも遅い。そんな奴らに食べさせるものはないよ!」

 その日、ネスはなにも食べなかった。

 シラユキは言った。

 「あのねえ、あんた。あんな奴らに同情する必要なんて少しもないのよ? あいつら、なにも採ってこないくせに服だけはみじめに汚してきやがって。仕事もしていないのに、なんで服が汚れんのよ。おかげでまた床が汚くなった。サボってるのはわかってるのに、帰る間際にわざと汚してきてんのかしら。ほんと、こざかしい。さ、あんたは早く食べちゃいな」


 「いや、今日はいいや。食欲がないんだ」

 ネスはそう言って、その日は早めに布団に入った。シラユキは「そうかい」と言って、ネスや小人の分の食事もまとめて胃袋に入れてしまった。

朝がた、ネスは馬小屋から出てくる小人たちの姿を眺めていた。ネスは彼らを捕まえていろいろなことを問いただしたかった。


 「なぜ自分に冷たくするようになったのか」

 「労働の時間に、ほんとうはなにをしているのか」

 「ただ単に鉱山から鉱石が取りづらくなってしまっただけなのか」

 「そのせいで帰りが遅くなっているのか」


 でも、家の外に出ていくことはできなかった。七つの小さな背中はすぐに小さくなり、やがて森の緑のなかに消えていった。






 翌日、ネスはシラユキに鉱山がどこにあるかを訊いた。彼女はしぶしぶながらも教えてくれた。


 「なにしに行くんだい?」

 「ちょっと探検したくて」


 シラユキが紙の端に書いてくれた地図から判断するに、鉱山への道はひどく入り組んでいるようだった。ネスは、もしかするとまた森のなかで迷ってしまうのではないかと不安になったが、その心配は杞憂に終わった。


 鉱山にたどり着く前に小人たちの姿を発見したのだ。

 そしてネスは目撃した。


 そこには深い穴があった。小人たちが掘っているのだ。長方形に縦二メートル、横一メートルほどはあるだろうか。小人たちは休むことなく土をかき出し、それを木々のあいだに運び出していた。ただ、黙々と。


 ネスは長く、冷たい息を吐いた。そして静かにきびすを返し、その場をあとにした。




 小人たちはとうとう一片の鉱石も持ち帰ってこなかった。


 ほとんど発狂に近いシラユキの怒号が、家じゅうに響きわたった。シラユキは腕に思い切り力をかけ、彼らを殴った。それは背筋も凍るような暴力の光景だった。シラユキには悪魔が取り憑いているのではないか。ネスはそのとき、本気でそう思った。彼女はなんのためらいもなく、小人たちの身体を痛めつけた。骨の折れるような音が聞こえた。ネスは震えながらその光景を見ていた。そうすることしかできなかった。


 やがて、混沌の隙間からむらさき帽の小人の顔が見えた。彼は、いまにも泣き出しそうに顔をゆがませていた。それは懇願の表情だった。ネスは小さくうなずいた。彼はネスに助けを求めているのではない。仲裁に入り、この暴力を止めてもらいたいのではない。彼が、いや、彼らが僕に求めているのはなのだ。


 ネスは音もたてずに家を出た。扉を閉めてもガラスが割れる音や、人間が力任せに叩きつけられる音が耳に入ってきた。だが、数歩歩くうちにそれも止んだ。


 そう、すべてが止んだのだ。




 町に帰る前に、ネスはあの穴のもとへ訪れた。


 そこにはまだ掘り返されたままの空洞が広がっていた。ネスはそこに自分が見たもの、知ったものをすべて放り入れた。この穴はもうじき塞がるだろう。ネスはこの森のなかで出来事もまた、ここへ葬られることを願った。

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【短編】しらゆき姫 仲田日向 @pulpfiction2

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