第34話 千客万来?

 叔父がそう言ってくれたので、奈々はそれならばいいかな、と思った。奈々は自分の勤め先に未練はない。というかなくなった。おエライさんの親戚の機嫌一つで、社員が辞めさせられてしまうなんて、ろくでもないところである。企業倫理もくそもあったもんじゃない。

 短大からどうにか就職課の先生に頼み込んで試験を受け、入れてもらった銀行だけれど、がっかりだ。まあ、もともとそんなに期待していたわけでもないけれど。

 奈々としては、長く確実にお給料を貰い続けられる企業であればどこでもよかったわけだから。

 そんな風に心が動いた奈々だったが、叔父はすぐに言い足した。

「とは言っても、すぐにとは行かないので、少しの間待ってもらいたい。」

「少しの間・・・ですか?」

「岸塔さんだって今の部署の仕事で引き継ぎなどがあるだろう?1日や2日で退職出来るわけもないんだから。」

 増茂は訳知り顔にそう言うが、残念ながら、奈々がしていた仕事に、引き継ぎが必要な重要なものなど何一つ無かった。

 課長の守山も不思議なことに、うんうんと頷いている。

 その時に、ノックの音が聞こえた。

「失礼します。細野部長が参りました。」

 西山の静かな声が、淡々と上司の訪問を告げる。

 奈々の表情が硬直した。

 ついに営業部長までもが出てきてしまった。どれだけおおごとになってしまったのだろう。細野部長と言えば、取締役だ。えらいこっちゃだ。

 顔色が真っ白になってしまった奈々をみて、増茂が気を使ったのだろう。

「心配しなくてもいいんだよ。実は、細野くんとは同級生なんだ。それでちょっとお願いしてここに来てもらうことにしただけだから。岸塔さんは何も責任を感じることはない。・・・あ、勿論、守山さんもですよ。」

 苦笑いを浮かべた課長が、いつのまにか奈々の隣の席に座っていた。まあ、増茂は奈々の身内であっても銀行としてはお客様なのだから当然だった。びっくりして、奈々が気付かなかっただけだ。

 西山がコーヒーを人数分持ってきて、テーブルに置いてくれる。

 普段はそれは自分の仕事なので、なんとも妙な気分の奈々だった。普段の西山はお茶入れなどめったにやらないのに今日に限ってやっているのは、恐らく、好奇心に勝てなかったからだろう。

 やがて部長の細野が入ってくると、応接間の全員が立ち上がる。

「今日はすみません、わざわざ。」

 奈々の叔父がそう言うと、

「そうだそうだ。わざわざ来てやったんだぞ、お前が来いって言うから。」

 笑いを含んだ声で、部長が答えた。


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