第33話 捨てる神あれば
「久しぶりって・・・。」
記憶を辿りながら小さく呟く。
「お父さんの葬儀以来だ。随分と娘らしくなったね。」
葬儀、と聞いて学生時代、父親の葬式の日のことを思い出した。
何が起こったのかその当時はわけもわからず、入院中の母親は式に出ることもかなわかったほどの重症で、とてもじゃないが学生の身分で喪主をつとめることも出来なかった。母方の叔母がかけつけてくれたから、葬儀の手配などはどうにかなった。
葬儀の日の夕方に、慌てて式場へやってきた男性がいた。
余程慌てていたのだろう、喪服さえ着ていなかった。仕事終わりにそのまま駆けつけた様子で、仕事用のブリーフケースを片手に息を切らせてやってきたその人は、どことなく、無くなったばかりの父親に面影が重なる。
「すみません、こんな格好で。慌てていたので。どうぞお許しください。」
年齢は、30代前半くらいに見えて、場違いな格好の自身をまず詫びた。
叔母が困ったように、恐る恐る誰何する。
軽くハンカチで額の汗を拭った後、彼は名刺を取り出して自己紹介をした。
「故人の、弟です。
叔母が深く頭を下げた。それに倣うように、奈々も反射的に頭を下げる。
「
棺桶の方へ案内されていく初対面の叔父の後ろ姿を、奈々はぼんやりと見送っていた。
あの葬儀の日以来、奈々は一度も顔を合わせていなかった。
だからすぐに誰なのか判別できなかったけれど、言われて見れば記憶の片隅にあったのだ。
駆け落ち同然で結婚した両親の親戚の中で、直接来てお焼香してくれた人は数少ない。弔電や香典を送ってくれる人が何名かいたけれど、見知らぬ他人も同然なので、奈々にはさっぱりだった。足を運んできてくれたのは、母方の叔母と、父方の叔父でだけだったのだ。そして、法事の度に面倒を見てくれる叔母と違って、葬儀以来一度も会っていない父方の叔父の方は印象に薄い。
ようやく思い出した奈々は頭を下げて月次な挨拶を述べた。
「叔父さま・・・、どうもご無沙汰しております。」
「憶えていてくれたかい。よかった。」
「それで、今日はどういったわけでこちらに・・・。」
今の今まで、叔父が銀行員だったことさえ忘れていたのだ。だから、何故叔父がこの場にいるのかもわからないし、守山課長と知り合いなのかもわからなかった。
「岸塔奈々さん、こちらを自主退職したら、うちの銀行に来てくれないかな?」
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