第32話 既視感
友人の心配は杞憂にならず、まさかの自主退職を迫られるという窮状だった。課長との面談は余りにも一方通行で、奈々には何一つ非がない。
「考えさせて下さい。」
と言おうとしたその時に、応接室の外線が鳴った。
立ち上がって電話を取ろうとした時、課長が奈々を制して自分で出る。
「はい、第二応接室です。あ、そうですか。はい。」
守村が電話を切ると、奈々は腰を浮かせた。客が来るのならば自分がここにいるわけにはいかない。
しかし、守村課長は手で制して、奈々にそのまま座っているように指示する。そして、そのまま内線にかけて、
「第二応接室にお茶淹れてくれないか。4人分だ。うん、コーヒーがいいかな。」
と、頼んでいるではないか。
お茶入れは奈々に出来る数少ない仕事の1つだ。
「課長、お茶ならわたしが」
「あ、いいのいいの。岸塔さんはそこに座ってて。これから、来客があるから。」
「来客があるなら、尚更・・・」
「うん、君のお客さんだからね。まあ、座ってて。」
「はあ」
言われるまま再びソファに腰を下ろすが、やがて驚愕の表情になった。
奈々に来客とはどういう意味だろう!?
まさか、加東の奥さんが出張ってくるとか!?
なんかわかんないけど弁護士とかが来て慰謝料がどうとか言ってくるとか!?
外部との取引など有り得ない奈々にとっては、仕事上での来客の可能性は皆無だ。こわごわと向かいに座る課長の顔を見るが、苦笑いするばかりで、なんの安心材料にもならなかった。
ほんの数分が何時間にも感じられ、沈黙が重すぎる。だが、軽いノックの音と共に、声が聞こえた。声の主は、西山由香里だ。知り合いの声だと思っただけで、ほんの少しだけ安堵した。
「◎◎銀行の増茂様がおいでになりました。お通しします。」
すかさず、課長が返事を返す。
「はい、お通しして下さい。」
扉を開いて入室してきた男性の顔を見て、何故か奈々は既視感を覚えた。濃いグレーのスーツをきたその中年男性は、どこかで有ったことが有るような気がしたからだった。
即、立ち上がった課長に倣い、奈々も立ち上がって会釈する。
「こんにちは。どうも、わざわざご足労頂きまして。」
「いえいえ、こちらからお願いしたのですから。」
守村と挨拶を交わすと、客人はゆっくりと奈々の方を見る。
「久しぶりだね?」
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