第30話 訪問
岸塔の自宅へ、有咲がやってきた。
勿論、奈々は不在だ。それを知っていて来たのだった。
小さな民家だが、家の中から掃除機の音が聞こえてきた。奈々の母が家事を出来るはずがないのに不思議だ。首を傾げながら、インターホンのボタンを押す。
「こんにちは。あの、わたし奈々の友人で八ツ木有咲と申します。」
「はい、ああ、お嬢さんのお友達?奈々さんはお仕事に行ってますけど。」
「存じてます。お母様はご在宅ですか?」
「・・・、しばらくお待ち下さい。」
インターフォンに出たのは年配の女性だった。
そういえば、奈々の母親の介助をするために昼間はヘルパーさんが来ているのだと聞いたことが有る。
ということは応対したのはそのヘルパーだろうか。
かちゃり、と解錠する音が聞こえて、玄関のドアが開いた。
「どうぞ、お上がり下さい。」
ジャージにエプロンをかけた姿のヘルパーさんが、玄関で有咲を出迎える。
その向こうの廊下に、車椅子に乗った年老いた女性の姿が見えた。
白髪混じりというよりは、真っ白な髪。白地に紺色の模様が入った浴衣を着ている。
痩せているが、表情は明るかった。ちょっと薄幸そうな感じが、奈々に似ている気がする。母娘だな、と思った。
「奈々の母で、
やさしくおっとりした声だった。有咲は慌てて手にぶら下げていた菓子折りを取り出す。
「八ツ木有咲と申します。奈々とは学生の頃からの付き合いですが、お訪ねしたのははじめてです。これ、つまらないものですが、よかったら。」
そっと玄関の床に置くと、
「まあ、ご丁寧にどうもありがとう。
奈々の母親はおっとりとそう答え、ヘルパーさんだと思われる女性に指示をだす。
「あ、どうぞおかまいなく。」
ジャージにエプロン姿の女性はすぐに身をかがめて菓子折りを持ち上げた。そして、客である有咲を促すように片手で行き先を示した。
「どうぞ、こちらへ。」
六畳ほどのリビングに通された有咲は、先程掃除機の音がしていたのはここだな、と納得した。まだ、掃除機が出入り口の隅に置きっぱなしだったから。
奈々の母親は、車椅子を自分で操作しながらリビングテーブルの一角に止まった。
「どうぞ、おかけになって。わたしは下半身が不自由なもので、こんな格好で失礼しますね。今日のご用は、奈々のことについてでしょうか?」
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