第29話 理不尽
「・・・わたしの知り合いですが、彼女の名誉のために身分は明かせません。本人の許可無く言えません。ただ、この銀行の人ではないことだけは確かです。」
課長は小さく息を吐いて両腕を組んだ。
「・・・んー・・・ぶっちゃけた話なんだがね。ぼく個人としては君がそんなことするはず無いんじゃないかって思うんだ。君の家庭の事情は聞いているから、君がそんな軽はずみなことしないだろうって思っていたんだよ。だから、今回のことは寝耳に水でね。」
「だから、わたしじゃないんです。・・・わたしは、本当に何も」
「だけど奥さんが見たのは君だと言ってる。」
「それは本当に偶然なんです。わたしは友人と食事をしていただけなのに、そこに加東さんと奥さんが乗り込んできたようなもので。約束とかしてたわけでもないんですよ。」
「うーん・・・でも、奥さんは大変なご立腹でね。なんの処分もしないわけにはいかないんだ。君には本当に悪いと思うが、他の誰かを明かせないのなら。」
課長も本当に困っているのだと知ると、奈々も少しだけ冷静さを取り戻した。
そして、彼は困ってはいるが、奈々が処分されてしまえば手っ取り早い、とも考えているのも察した。やり方が泣き落としに変わっただけだ。
「岸塔さん」
「あの、課長、もし、わたしが友人の身分を明かしたらどうなっちゃうと思います?奥様は友人に何をするんでしょうか?」
「法律の方で訴えるとかするんじゃないかな。慰謝料とか取って、裁判とか、そういう大事になると思うよ。頭取はそういうのは避けたいんだ、会社の中で処分が済むならその方がいいとお考えで。」
つまりは、奈々一人が責任を取って辞職すれば全てが丸く収まると言いたいのか。
奈々は何も悪くないのに。
まあ、仕事が出来ない点については言い訳できないが、他のことで精一杯カバーしてきたつもりで、文句の一つも言わずやってきたのに。
あの奥さんなんなんだ。ろくに本当のことも調べもせずに。
そして、そんないい加減な判断に、周囲の人は振り回されるのか。どんだけ職権乱用なんだ。・・・いや、奥さんは行員ですらないのだから、職権すらもないのか。
そんな人に、自分は辞職まで追い詰められる。理不尽が過ぎるだろう。
そして、諸悪の根源である加東は、何食わぬ顔で元の日常を続けるのだろうか。
沈黙が下りた応接室に、外線電話の音が鳴った。
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