第28話 自主退職
さらなるショックは、その一週間後に受けることになる。
何事もなかったかのように加東も普通に出勤しているし、奈々もまた、出来る限り何事もなかったように振る舞った。心の中では色々とあったが、現実世界で口に出すこともなく、大人しく雑用をこなして毎日の月給をコツコツと稼いでいた。
例の日曜日から一週間後、週末が明けた月曜日早々に、奈々は上司から客用の応接室に呼び出された。
営業二課の課長の守村は、なんとも複雑そうな表情で応接室の扉を開く。奈々はなんで呼び出しを受けたのかさっぱり心当たりがなくて、しかも、普通の会議室でなくて応接室であることに異常を感じていた。
課長は来客中の札を扉に下げて奈々に椅子に座るよう促す。
なんだか怖くなってきて、恐る恐るそれに従った。
向かい側に腰を下ろした課長が、ため息と共に言葉を吐き出す。
「実は本部から通達があってね。岸塔さんに自主退職を命じるよう、言われたんだ。」
「ええっっ!?わたしが!?なんで、どうしてですか?わたしなにかマズイことでもしでかしましたか!?」
確かに仕事の出来は余り優秀ではない。難しい金融商品についての知識はいくら覚えても理解できない。しかし、それでも命じられたことは出来る限りやってきたし、今までそれで苦情が出たことはなかったのに。いきなりクビはないだろう。
「うんそのね・・・言いにくいんだけどね。君、主任の加東くんと不倫」
「してませんっ!!」
遮るようにハッキリ否定する。
冗談ではない。なんで自分がそんなことを理由にクビにされなくてはいけないのだ。不倫も何も付き合っても居ないし、むしろ迷惑をかけられた被害者だ。
噛み付くように言い返した奈々の形相に、課長は松の葉のように細い目をめいいっぱい見開いた。
「加東くんの奥さんは、当銀行の頭取のご親戚なんだ。だから余り人に言えないもんでね、彼は職場ではカミさんがいないかのように振る舞ってるんだけど、知ってる人は知ってるんだよ。」
「そうですか。でも、それとわたしの自主退職は全く関係ないと思うんですけど。」
「・・・その剣幕だと、多少心当たりがあるみたいに思えるんだけど。」
「だから、加東さんと不倫してたのはわたしじゃなくて!!」
「誰だか知ってるのかい?」
直接そう聞かれると、なんだか友人を裏切ってしまうみたいで、途端に口を閉ざしていしまう。
だが、このままでは冤罪で仕事をクビにされる。
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