第26話 もう来られない
ニタニタと笑っていた加東が一体どう言いくるめたのかはわからないが、一騒ぎした後、加東の奥様は彼と一緒に帰っていった。
相変わらず席に戻ってこない有咲をどう考えていたのか知らないが、こっそりと、奈々に、
「有咲には、妻のこと内緒にしといてね。」
などと耳打ちして。
呆れ果ててもう二の句が告げなかった。
加東夫妻が店を出ていった後も、奈々はバッグがないからその場を去れない。仕方なく有咲が戻ってくるまで席に座っていた。だから、その後暫くは周囲の客や店員の好奇の目に晒されなければならなかった。
なんで自分がこんな目に。
それから奈々の友人が戻ってくるまで、更に15分ほども待たねばならなかった。
「バッグ返してよ。もう、早く帰りたい。勘弁して。」
「わかったわよ、場所を変えましょ。流石にこれ以上ここには居づらいわ。」
半分泣きそうになりながら訴えると、有咲が険しい表情で奈々のバッグを突き返してきた。
怒っているのだろうとは思うが、それを奈々に当たるのはお門違いもいいところだ。奈々はただ巻き込まれただけに過ぎない。
「いやよ、わたしもう帰る。遅くなるとお母さんが」
「ちゃんと本当のこと話してもらわないと、帰らせない。」
「嘘はついてないよ。奥さんがいるのも今日はじめて知ったの。」
「あんた辰巳さんと付き合いが有ったことあたしに黙ってたじゃない。」
「だから嘘はついてないわよ。本当に特別な関係は何もない、ただの同僚なのは本当のことじゃないの。」
「一緒に食事したり車で送迎してもらったりしたんでしょ。」
そこまで聞いていたのか。おそろしく地獄耳だ。
「それは、残業をさせられて遅くなってしまったから、親切心でね。」
「食事は二人きりでしたんでしょ。」
「だから、送ってもらったお礼しただけ!」
険悪なまま、会計を済ませる。
もう二度とこのレストランには来られないだろう。美味しそうなランチを、今度はもっと味がするような心境で食べに来たかったのに。
さすがに店員は事務的な対応のみで、騒がせたことについては何も言及してこなかったが、
「・・・色々と、お騒がせして申し訳ありませんでした。」
と奈々が頭を下げる。
レジの店員は困ったように苦笑して、ありがとうございました、と言った。
またおいでくださいませ、とはさすがに言わなかった。
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