第24話 返して

「ふーん。そうなんだ。」

 有咲は加東の言うことを鵜呑みにはしていないだろう。

 しかし、疑ったり否定したりはしない。それをいいことに、奈々はこの場をどうにか切り抜けようと思った。

「じゃあ、そういうことで、わたしは失礼して」

 有咲の足元の荷物を取ろうと右足の先でバッグの取っ手を引っ掛けようとするが、戻ってこない。しっかりと力を入れて押さえているようだ。

「ああ、あたしちょっと化粧室行ってくるわ。待ってくれるわよね?」

 そう言って立ち上がった友人の手には二つのハンドバッグ。勝手に帰るなよ、ということだろう。

 返してくれぇと泣き縋りたいのを堪えて、奈々は有咲を睨みつけた。

「待ってるよ。俺もコーヒーくらい飲んで待ってようかな。」

 にこやかに白い歯を見せて笑う加東は、近くのウェイターを呼び止める。

 奈々は気まずくて思わず俯いた。早く帰りたくてたまらない。

「いやあ、驚いたな。まさか岸塔さんが有咲と友達だったなんてね。世間は狭いなぁ。長い付き合いなの?」

「・・・はあ、まあ、学生の頃からです。」

 ちらりと相手を見ると、加東はスーツではなく普段着だ。スポーツメーカーのロゴの入ったポロシャツを着ている。ラフな姿に、いかにも自宅で寛いでいた風情を感じた。デートしようという雰囲気はない。

「有咲に、君を自宅まで送ってったこととか話した?」

 急に声をひそめて尋ねるではないか。

 ぷるぷるとクビを左右に振る。そんなこと言えるわけがない。

「じゃあ、そのまま内緒にしといて。お友達と揉めたくないでしょ。俺も、やだしさ。内緒にしといてくれれば、また何かご馳走するから、ね。」

 ははは、と笑って誤魔化すしかない。

 有咲に対して口を割らずにいられる自信はないが、努力はするつもりはある。

 肩をすくめて小さくなっているしかない。早く、友人にバッグを返してもらって帰りたかった。よその痴話喧嘩に巻き込まれるのは御免だ。

 ランチタイムもそろそろ終わる。他のお客さんが少しずつ減り始めていた。レストランを出る人がほとんどの時間帯に、一人の客が足音を響かせるように入店してくる。ホール係のウェイターが案内するのも無視して、ずかずかとテラス席へと歩いてきた。

 足音が大きかったので思わず奈々も振り返る。

 ブランド服に見を包んだ女性がこちらへ向かって険しい顔で歩いてきていた。知らない顔だから、自分とは関係ないと思って向き直ると、向かい側の男が硬直していた。

 

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