第23話 やってきた男

 荷物を押さえられていては先に帰るわけにも行かず、仕方なく奈々はもう一度椅子に腰掛ける。途中だった食事を再開する。

 有咲はウェイターを呼んで、デザートを注文していた。

 なんという余裕だろうか。奈々はこれから修羅場が始まるのかと思うと、あんなに美味しそうだと思ったランチが喉を通らない。勿体無いので食べるけど。

「なんでそんなに動揺してるのよ。ただの同僚ならそんなに焦ることないでしょ。」

「・・・動揺っていうか、職場の人とプライベートで会うのは避けたい。」

 ふん、と鼻息も荒い友人は、奈々の言い訳を見透かしているかのようだ。

「別にどうってことないでしょ。同僚と恋人が偶然友人だったことが判明した。それだけの話よ?」

 彼女には到底奈々の複雑な心理など理解できない。

 もそもそと食事を終え、運ばれてきたコーヒーを啜っているとテラス席は入ってくる人影に気付く。見覚えのある顔に、絶望的な気持ちになった。

 しかし、加東の方は平然としていて、むしろ愛想良く笑っている。

「やあ、こんにちは。」

 明るい声で挨拶され、やっぱり複雑な奈々は、苦笑いで短く答えた。

「どうも。」

「辰巳さん、こっち座って。」

 隣の椅子を示して、加東を手招きする有咲も落ち着いたものだ。

「もうランチは済んだところ?」

「はい。そうです。加東さんは召し上がりましたか?」

「うん、自宅でね。有咲は今日は友達とランチだって聞いてたからさ。」

「ねぇ辰巳さん。奈々とはどういう関係?」

 直球過ぎる有咲の質問に、蒼白になる奈々。

 加東の方は、余裕綽々だ。

「うん、4月の異動でね岸塔さんの部署にやってきた時から、良くしてもらってるんだよ。細かい雑用とか頼んじゃったりして、申し訳ないと思ってるんだけど、凄く有り難いんだ。中々、他の行員の女の子には頼みにくくてね。」

 にこやかに応じる加東の顔を見た後に、奈々の方の顔をじっと凝視する有咲。

 奈々は、赤べこのようにひたすら何度も頷いた。

「それだけ?」

 疑っているのか、確かめているのか、またも尋ねる友人に、ずっと頷き続ける。

「だってさ、岸塔さんはお嬢様らしくて誘っても全然なびかないんだよ。お家が厳しいそうでね。だから、残念ながらただの同僚さ。」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る