第21話 じつは

「それでね、実を言うとね。」

 本日、三度目の『実は』だ。

 やはり久しぶりに奈々に会いたいなどと言うのだから、それなりの理由があったのだろうけれど、ここまでの話だけなら他の友人でもよかったはずである。

「彼氏の勤め先って、奈々と同じところなのよ。」

 口に入れていた生ハムをごくりと飲みこむ。

 奈々の頭の中で、何かがよぎった気がした。まさか、と思った。

「へ、へぇ、そうなんだ。」

 作り笑いをするけれど、どうにか話をそらせないだろうか考える。けれど、ここまで来て違う話題を振るのは不自然過ぎることくらい、奈々にもわかる。

「もしかして、奈々が知っている人かな?」

 探りを入れてくるような言い方は、有咲らしくもあり、らしくもなし。

「どうかな?結構人いっぱいいるから、名前を聞いてもどの人なのかわからないかもしれない。多分知らないと思うよ。」

 聞きたくない、あるいは聞かずに済ませたい、という奈々の心の叫びも虚しく。

「加東辰巳って言うの。」

 友人の顔をじっと見つめながら、有咲が言う。

 おいしいランチを口にしながら、奈々の心は地に落ちた気分だった。



 やっぱり、と思ったけれどそれは勿論口には出来ない。

 出来ないが、返答に躊躇してしまう。

 困った様子の奈々を見て何かを悟ったのだろう、有咲がゆっくりとスプーンとフォークをテーブルの上に置いた。

「奈々、彼のこと知ってるんだ。」

「い、いや、部署が違うとわからないから〜、それに似たような名前の人も結構いるし。うーん、どの人のことなのかな〜?」

「なんで惚けるのよ。知ってるなら知ってるでかまわないのに、どうして?あなたもしかして何か知ってるの?」

 友人の口調が真剣なそれに変わっている。

 ごまかしようがない。

 奈々は嘘を上手に付けるような器用さを持っていないのだ。追求されれば、うまく誤魔化したりなど出来なかった。ましてや、長い付き合いの友人なのだから。

「奈々!ちゃんと教えてよ。なんか知ってるんでしょ!?辰巳って何かしたの?」

「い、いや、別に何も悪いことはしてないよ?ただ、今年の春に別の課から映ってきたばかりなんだよ。だからそんなに彼のことは知らないし。」

 実は残業の度に家まで送ってもらっていた、とか。

 その後も何度か食事に誘われて、一緒に出かけている、とか。

 とてもとても、言えるもんじゃない。

 奈々は途方に暮れる。



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