第19話 厳しくない
その後も何度か加東は奈々の事を誘ったが、誘いの半分はお断りしていた。
嫌だったわけじゃないが、奈々は母親の世話が優先なので、どうしてもそうなる。
「奈々ちゃんはお嬢様なのかな?ずいぶんと厳しいお家なんだね。」
「いや、全然。むしろ、貧乏です。」
「そんなことないでしょ。これだけ誘ってるのに、つれないんだもん。」
加東の机の上に緑茶をそっと置く。
「厳しいんじゃなくて、わたしが帰らないと母が困るんです。母は、その、身体が」
「ああー、病弱なんだ?」
「・・・びょう、じゃく、とは」
ちょっと違うけれども、世話がかかるという意味では同じだろうか?
湯気の出る湯呑を手にとって、加東はそれをゆっくりと飲んだ。見た目によらず、彼はコーヒーよりも日本茶を好むそうで、奈々はそれを覚えた。まあ、部署全員の好みを知っているのだから、当然なのだが。
「でも、奈々ちゃんだってカレシくらい欲しいんじゃないの?お母さんの世話ばかりじゃなくて。」
「いやあ〜、彼氏イナイ歴イコール年齢ですから。今更欲しいとも思いませんよ。」
苦笑いしてすぐに加東の机の傍から離れた。
お局様がこちらを睨んでいるのに気がついたからだ。
だから、加東がびっくりしたような顔をして奈々の後ろ姿を見ていたのには、まったく気が付かなかった。
次の日曜日には、久しぶりに同級生だった有咲と会うことになった。
「久しぶりぃ。元気だった?彼氏出来た?」
不躾な挨拶にも、今更腹は立たない。いつものことだし、有咲に悪気はないのだ。
天気のいい日曜日だったので、テラスで食事の出来るレストランにしようと二人でやってきた。周囲が、カップルばかりなので、なんだか居心地が悪いと思ったが、有咲は全然気にしていないようだ。
「彼氏いない歴を更新中です。ねぇ、ここカップルばっかりなんだけど・・・。」
「別にカップルじゃないと入店禁止とか書いてなかったわよ?」
「・・・そりゃそうだろうけど。」
「気にしない気にしない。うちらはお客。堂々と。」
なんというか、心底羨ましい心臓だ。気の小さな奈々は、些細なことがいちいち気になってしまう。臆病風がびゅーびゅーである。
シェフのおすすめランチを二人分オーダーしてから、有咲はテーブルに肘を付いて身を乗り出してきた。
「ねえ、奈々、聞いて!実はね、あ、た、し、プロポーズされちゃったのよね!」
満面の笑みでそう言う友人は、その上機嫌を周囲に振りまくがごとく明るい雰囲気を持っている。
友人のめでたい報告を、心から、とはいい難いが素直に喜んだ奈々は、にっこりと微笑んで祝福した。
「凄いじゃない。おめでとう、有咲!」
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