第17話 細く長く

 残業を免れるようになったので自然と加東とは会わなくなっていったから、奈々は胸をなでおろしていた。

 加東が嫌いなわけではないが、お局様のご機嫌を損ねたくはないし残業も御免だ。懐があたたかいことなど無いけれど、残業してまでもあたためたくはない。

「でもさ、それじゃいい男捕まえられなくない?」

 お昼の社食で隣に座った由香里が、そう言った。

「はあ・・・」

 どう答えていいかわからず、奈々は言葉を濁した。

 行員の仕事はハードだ。出世頭ほど、残業が多い。

 出世頭を捕まえたかったら、自分も残業してお付き合いしたほうが、親しくなりやすいのだ。由香里が言いたいのはそれだろう。

 エリート銀行員を捕まえて円満寿退社ならぬ退行をする。それが由香里の言う女子行員の目指す道らしい。

「・・・わたしは、結婚とか、考えられないんで。」

「えー?なんで?」

「まあ、色々と事情がありますんで。とにかく、わたしは細く長くお勤めできることが希望だから。出世はしなくていいから、とにかく細々と長く。」

「そうなの?へー・・・珍しいなぁ。」

「あはは、そうですか?」

 自分で作ってきたお弁当を口に運びながら、奈々はそれ以上質問されたくないため、口を噤んだ。若い頃に両親が事故に遭い、父に死なれて母が障害者になった事情を、一々他人に話して回るのは嫌だった。

 銀行の最上階にある社食は朝の8時から夜の8時まで営業している。業務時間が不規則になる行員のために、それだけ長時間営業しているのだ。営業している時間帯ならば、部署が許す限りいつ食べに行ってもいい。

 だから、今年入行したばかりに新入りから管理職に至るまで、誰がいてもおかしくはないのだ。由香里と一緒の時間にお昼が食べられることは時々あるけれど、奈々は一人で、隅の方で自分のお弁当を食べていることが多い。

 ひとりぼっちなのを同情してか、由香里のように時々声を掛けてくれる人もいるが、奈々自身は一人でも平気だった。社食にあるテレビを眺めたり、持参した文庫本を読みながら食べている。

 だから、ひさしぶりに加東が声を掛けてきたのが食堂だったとしても、別段おかしな話でもなかった。

「やあ、岸塔さん。一緒にいいかな?」

 奈々は顔を上げて加東だと知るやいなやキョロキョロしてしまった。周囲に椎名涼子がいないか確認する。広い食堂にその姿は見受けられない。

「どうぞ、お座り下さい。」

「ありがとう。」

 奈々の向かい側に、定職を置いて腰をおろした加東は嬉しそうに笑った。


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