第15話 仕事は仕事
加東とは、歓迎会で隣に座り長く話をしたせいか、妙に親しみを覚えて、時折職場でも世間話をするようになった。
「岸塔さん、こっちの入力業務をお願いします。」
お局様と名高い
大した仕事もやらせてもらえないので、綺麗に片付いている奈々の机の上にどん、とそれを置く。顧客名簿の差し替えだ。
「えっ・・・こんなにたくさん。」
と、声に出そうになったがかろうじて堪えた。
差し替え箇所など、ほんの数カ所なのに束で持ってこられたということは、全部に目を通せということなのだろう。
世にも面倒くさい作業の始まりだ。作業自体は単純なことなので奈々でも出来るが、とてつもなく面倒くさくて時間のかかる作業なのだ。
「わかりました。」
相手には聞こえる程度の、小さな声で申し訳なさそうに答えると、お局様は、ふん、と鼻息も荒くして、ご自身の机へ戻っていく。
イジメだ、これ、と思いながらも、奈々は黙って椅子に座り、ノートパソコンを開いた。
イジメられるのも、仕事のウチなのだ。
そう思って、書類を札束と思いながら文字の羅列を視線で追いかけ始める。
というのも、奈々には心当たりが有るのだ。4月から異動してきた加東に、椎野がやたらと色目を使っているらしい、という噂を耳に入れた。加東は主任だけれど、遠からず課長代理になることが決定しているらしい。給湯室で聞き耳を立てていた時に得た情報である。(奈々は女性行員に好かれないので、噂話の中には入れてもらえないのだ。)どうやらゆっくりだけれど出世街道を歩き始めたらしい加東にご執心の椎野が、彼と時折楽しそうに談笑する自分のことを嫌っているのは無理もないことである。また、奈々が仕事の出来ない女なのが一層気に入らないのだろう。
下手な波風立てないためにも、ここは大人しくイジメられておくのが無難だ。どんな作業でも、カードを切っていれば給料になるのだからそれでいい。
「わあ、こりゃ大変だねぇ。遅くまでかかっちゃうんじゃない。そうだ、終わったら夕飯でも行こうか。」
目をシバシバさせながら作業に没頭していると、いつの間にか近くに来ていた加東が、話しかけていることに気がついた。
「・・・お、お疲れ様です。」
そして、さらに気付けば定時を二時間も過ぎていた。
残っているのは、部内の4、5人と、奈々だけになっている。
「マズっ・・・!お母さんに今日、残業だって言ってないんだった!」
「お母さん?」
「あ、あの、母は、その、時間までに帰らないと」
ヘルパーさんがいなくなっちゃうので、色々と困るんです。と続けるつもりが、途中で遮られる。
「厳しいんだねぇ。よし、じゃあ、俺送ってやろうか。車通勤だから。」
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