第14話 歓迎会の主役

 銀行員の仕事はハードで、残業が多い。

 だから、打ち上げなどの飲み会は年がら年中有るわけではなかった。

 年度の変わる3月末はとても忙しくて、歓送迎会も中々やれなかったりするので歓迎会がGW明けにずれ込んでしまったりする。

 飲み会なんて、実は大好きだけれどいつもいつも参加できる立場ではない奈々にとっては、そのくらいの頻度が丁度いい。帰宅が遅くなる時は、介護ヘルパーさんに遅くまで在宅してもらうよう、前もって頼んでおくのだ。

 だからその日の飲み会は、以前から上司に言われていたので参加することが出来た。

 地元では有名な鉄板焼きのお店で、異動してきた人たちのために、歓迎会が開催された。近さもあって、この行員がよくいく店である。

 乾杯の後に、奈々はすぐに席を立った。そつなくお酌をしてあちこちを回るのは、大した仕事の出来ない奈々にとって重要かつ、嫌いではない役目だ。

 そんな奈々だから総合職の女子行員には結構嫌われているらしい。でも、しょうがない。そこは割り切って考えるしか無い。難しい仕事をこなせない奈々は、愛想を振りまき人が軽んじる雑用を進んで行うくらいのことしか、存在意義がないのだ。

「こんばんは。どうぞ、グラスを空けて下さい。」

「ああ、ありがとう。えっと、君は」

 今夜の主役は、くっとグラスを飲み干して、人懐こそうに笑う。

「岸塔奈々です。何度かお会いしてますよね。」

「どうも、加東辰巳かとうたつみです。4月からこちらにお世話になっています。」

 奈々は融資課から異動してきた加東のグラスにビールを注ぐ。すでに、何度かお茶を入れてあげたりしてるのでお互い顔見知りだ。当然ながら、異動してきて一ヶ月経つので、もう部署の人間のほとんどと顔見知りになっている。

「だいぶ慣れましたか?」

「そうですね。・・・はは、さすがに花形の営業部だから、女性が多くて照れちゃいますよ。こんな若い女子にお酌してもらえるなんて、いいですねぇ。」

 年齢は40歳くらいだろうか、黒々とした天パの髪に肌が浅黒い。それだけに、大きな瞳の白目が浮き立ち、白い歯が目立つ。行員というよりも、ベテランのサーファーみたいな男だった。

「そんなことないでしょう。融資課にだってたくさん女性はいらっしゃるじゃないですか。それとも、お忙しくて、こういう席は中々設けられないのですかね?」

「ああ、それもあるかもしれません。よかったら、座りませんか?」

 ビール瓶を片手にもって立ったままの奈々を気遣ったのか、かたわらの空いている隙間を勧めてきた。

「いいんですか?失礼します。」

 すでに何人かのお酌をして回ってきていたのでいささか疲れていた奈々は、お言葉に甘えて座らせてもらうことにした。

 

 

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