第13話 社会人になって
その事を知ってよかったのか悪かったのか。
奈々は、顔も知らぬその子供のことを思うと胸が傷んだ。奈々の母は事故で身体の自由を失ったけれど、その子は先天的に障害が有るのだろう。幼児であるその子が、実の両親はその世話を他人へ押し付け合っていたという事実を知って、傷つかないわけがない。
離婚の原因は、奈々と有咲が役所で顔を合わせた女性との浮気なのかもしれない。だから、姉と名乗った女性が離婚を選んだのは仕方のないことだと思うけれど、それと子供とはなんの関係もない。
川幡の子供に同情した奈々のことを、有咲は笑った。
「あんたもかなり可哀想だと思うけど。」
お勉強は嫌いだけれど、遊びたかった奈々は本当は四年生大学へ進みたかった。大学は学ぶところなので随分と本末転倒な理屈だが、遊ぶためならば嫌いな勉強をしてもいい、という彼女なりの理論だったのだ。
けれども、両親が事故に遭ったためにそれは出来なくなった。より早く確実に就職するには短大がいいと勧められ、短大に進み、そこから推薦が貰えるという地元の銀行に入行した。
その進路は実にスムーズだった。奈々は無事に就職できた。余程のことが無ければクビになることもないだろう。
最初の配属先は営業部で窓口業務のアシスタントだった。勿論、入行前に金融業務についての研修を受けたけれど、成績が芳しくなかった奈々には、まともな仕事はすぐにはまわってこなかったのだ。
けれど奈々はそれを悲観的に考えたことはなかった。別に出世したいわけでもなし、エリートでもない。ただ、淡々と毎日仕事に行き、人並みに給料を貰えれば文句はなかった。それが、母親への孝行でも有ると考える。
「岸塔さん、お疲れ様。いつも入れてくれるお茶おいしいよ。」
「ありがとうございます。」
働き盛りの課長やら課長代理やらのおじさんたちは、奈々を可愛がってくれるので仕事にいくのも全然嫌じゃない。
相変わらず、同期の人たちにはモテない奈々だったけれど、仕事に於いて重く用いられることのない奈々は、嫌われることもあまりなく、気楽な社会人生活の一年目を終わろうとしていた。
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