第12話 好きじゃなかった
その後、川幡から連絡が来ることは二度と無かった。
きっと奥さんから自分が職場を訪ねたことを聞いたのだろう。後ろ暗いところがあるから、言い訳さえ出来なかったのかも知れない。あるいは、不審に思った奥さんのほうが問いただしたのか。真偽の程はわからないが、彼の方から連絡を寄越さないということは、奈々との仲は無かったことにしたのだろう。
勿論、奈々からも連絡はしなかった。
怖かったのだ。
許可なく勝手に仕事場を訪れるなんて。俺の言うことが信用できないのか。
そんな風に言われるのが怖くて、とてもじゃないが自分から電話もメールもする気になれなかった。
有咲はそんな奈々を冗談混じりにからかった。
「なによ、嘘つきっ!浮気者!って追求して責めてやればいいのに。奈々もお人好しよね。あたしなら絶対文句言ってから別れる。」
「そんな勇気はないよ…。」
「どうして?奈々は何も悪くないでしょ?悪いのは奥さんがいるくせに言い寄ってきた向こうじゃないの。」
友人の言うことは正しい気がする。
しかし、正直に言って、不倫をしようとするような男とはもう関わりたくなかった。
そもそも、奈々は川幡のことが好きだったのかも、はっきりしない。
ただ自分に声を掛けてくれた異性がいた。
そのことに舞い上がっていただけなのかも知れない。
だって、あれから一週間経っても、一ヶ月経っても、会いたいとは思わなかったから。
今となっては、あれを初恋と呼ぶには余りにもお粗末だと思う。
けれど、奈々に言い寄ってくれた異性で一番若い男だった。
奈々のことも奈々の母親のことも好きだと言ってくれた唯一の男だけれど、あれは全部ただのでまかせだったのだろう。
彼の言ったことの全てが嘘だったわけではなかった。
後から知ったことだが、川幡慎吾には、本当に小さな息子がいたのだ。
有咲が、あの土木課でご案内してくれた職員さんと、どうやったのか仲良くなって聞き出してくれた。
奈々の元へやってきた、彼の姉だと名乗った女性はその息子の母親だった。川幡の浮気が原因であの女性とは別れることになったが、障害を保つ息子のことで揉めて、彼の面倒を見られる人を探していたらしい。彼の息子は、障害者の認定を受けているので、支援施設に入れたり専門のヘルパーに任せたりすることが出来るはずなのだが、両親の離婚のせいか、精神的に参っていて、施設に通うことやヘルパーを受け入れない。しかし、離婚する両親はどちらも昼間仕事をしていて、面倒を見られないのだ。
身障者の世話をすることに慣れていて、若い女性がいい。
偶然出会った奈々に白羽の矢があたったのだ。
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