第11話 わけがわからん

 どういうことだろう。

 川幡は川幡でも、別の人だった。

「どうかしましたか?ご要件は?」

 親切そうにニコニコしながら、女性は奈々と有咲を見た。

 年齢は30歳くらいだろうか、割と美人な方だろう。少し明るめ染めた髪をボブにして、化粧は薄め。仕事もできそうだ。

 戸惑って何も言えないでいる奈々に代わって、すぐに冷静さを取り戻した有咲の方が口を開いた。

「あのっ」

「はい?」

「ここに川幡慎吾さんがお勤めだと聞いてきたんですけど!」

「あら、主人が?」

 普通の自然な受け答えだが、二人の女子大生は衝撃を受ける。

 今、主人って言った。

 ちらっと手を見れば、ちゃんと薬指に指輪が見える。

「昨年の終わりに異動になったんですよ。夫婦で同じ課にいられませんからねー。もしかして、昨年の担当だった業者の方ですか?業務を引き継いだものにつなぎましょうか?」

「あああああの、大丈夫です。人違いでしたっ!!お手数をおかけしました。失礼しますっ。」

 奈々は大袈裟ほどに深く頭を下げる。

「え、あの」

 二人はすごすごとその場を後にした。

 何か言いたそうな、もう一人の『川幡さん』を残して。



 来る時はエレベーターを使ったが、ショックのせいか、慌てていたからか、二人は階段を使って階下へ降りていった。びっくりするほどの速歩きで、市役所を出る。

 そして、ちょうどタイミングよく市役所前のバス停に停まった駅前行のバスに乗り込んだ。とにかく、一刻もここから早く立ち去りたかったから。

「・・・既婚者だった。バツイチじゃなかった。」

「しっかもさ、異動が昨年ってことは、結婚したのもまだ最近じゃんね?」

 茫然自失とはこのことだろうか。

 おごりだよ、と言って買ってきてくれたシェイクが目の前のテーブルの上でどんどん溶けていく。買ってくれた有咲に申し訳ないが、手を付ける気にもなれなかった。

 駅ビルのファーストフード店で席を取っておいてと言われ、その後奈々はそこから動けずにいる。

 衝撃を受けたのは確かだが、怒りを顕わにする有咲のようにはならなかった。

「最悪じゃん。やっぱ、確かめに行ってよかったね。なんなんよ、馬鹿にしてんのかしら、許せないよ、ホント。」

 憤慨する友人がずずっと音を立ててシェイクを飲み干す。

 頭の中はまだ整理がつかない。

 とにかく、なんで、どうして、という言葉がぐるぐるとまわっていた。

 川幡が、何故を嘘をついたのか、嘘を付いてまでつきあおうとしたのか、一緒になろうとまで言ったのか。

 本当に、奈々にはわけがわからなかったのだ。

 

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