第10話 人違い
思いついたことは、彼がまったく連絡の取れない日中の職場を訪ねてみることだった。自宅を訪ねる勇気はまだなかったし、住所を知らない。かろうじて、市役所の土木課にいることだけは聞いていた。
平日の昼間、昼過ぎにその場所を訪ねることにした。
「いいのかな、用もないのに、職場に突撃したりして・・・。」
心配そうに躊躇する奈々の背中を押すのは、一緒についてきた有咲だ。
「土木課なら、そうだなぁ・・・、道路の舗装について質問があるとかなんとか、適当にでっちあげたらいいんじゃない?」
「えー・・・?うちの前の道路の舗装がひび割れているとか苦情言うの?」
「そんな感じで。」
そんなんでいいのか?
そんな適当な用事で、公務員の仕事を邪魔していいのだろうか。
「本当にいいのかな・・・。」
「学校のレポートに使うとか適当に言い訳しとけば大丈夫じゃん。」
市民が多数手続きに訪れる市民課と違って、土木課には窓口らしいものがない。
だから、仕方なく課の出入り口の前でぐちゃぐちゃ言っていると、どうやら職場の人が気付いてくれたらしく出てきてくれた。
「こんにちは。何か御用ですか?」
作業着の下にネクタイを絞めた男性が、愛想よく話しかけてくれた。
「あ、あのー・・・川幡さん、いらっしゃいますか。」
ここまで来てしまったらもう言うしか無い。思い切って尋ねた。ちらちらと事務所の方を覗き込みながら、奈々は小さく、お邪魔してすみませんが、と付け足した。
話しかけてくれた作業着の男性は中年に差し掛かるくらいだろうか。軽く頷いて、
「川幡サーン、お客さんだよー。」
実に気軽に川幡を呼んでくれた。
ほっと安堵した。
少なくとも、この職場に川幡はいるのだ。仕事中だと言うのに迷惑をかけてしまったことを謝って、すぐに退散しようと思う。
「ちゃんといたじゃん。よかったね、奈々。」
「うん、迷惑かけちゃったから謝ってすぐに帰ろう。」
互いにそう頷きあった。
「はい。私が川幡ですが。ご要件はなんでしょう?」
川幡を呼んでくれた男性と入れ替わりに出入り口にやってきた人を見て、奈々が目を見開く。
丁寧に挨拶をして顔を上げたその人は、ベージュのスーツを着た女性だったのだ。
「えっ・・・」
「ええっ・・・」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます