第7話 最初で最後

 自宅にいた母親と僅かな時間話をした後、奈々は帰途に着く川幡を玄関の外まで見送りに出た。

 道路に面した小さな門前で会釈をする奈々に、

「今日、お母さんとお話できてよかった。とても優しくていい方だね。」

 穏やかな声で感想を述べる。

「そうですか?そう思って頂けてよかった。」

「お母様のことも好きになったよ。」

「それは、よかっ・・・。」

 反射的にそう応じようとして、言葉が止まる。

 お母様のこと。 

 つまりは、奈々のことも好きだと言っているのだろうか。

 僅かな迷いを感じ取ったのか、川幡がすかさず奈々の両手を握った。

「年上でコブつきな僕だけど、一緒になってくれないかな。君となら、君のお母様となら僕もうまくやっていける気がするし、僕の息子ともうまくやってくれる気がするんだ。君のこと、ぜんぶひっくるめて好きになっちゃったんだよ。」

 真剣な表情で押し迫る如く言い募る。

 その勢いに押されて、奈々は少し腰が引けてしまった。

 生まれてはじめて異性に告白され、ましてやはじめてのプロポーズだ。

 二十歳を過ぎたばかりの奈々は舞い上がらずにいられなかった。どんなに老け顔であっても身も心も処女おとめなのだ。そんな彼女をどうして責められよう。

「あ、あの、考えさせて、ください。」

 真っ赤な顔をうつむかせて、それだけ言うだけでせいいっぱいだ。

 だって、奈々は、事故の後は諦めかけていた。

 誰かとつきあうとか、結婚するとか、自分には出来ない。母親の世話をしなくてはいけない自分には、とてもそんなことは出来ない、高望みだと。

 それなのに、母親のことにまで理解を示してくれるひとが現れるなんて、夢にも思わなかったのだ。

「勿論だよ。すぐに返事をしろなんて言えない。でも、前向きに考えて欲しいな。」

 それだけ言って、手を離す。

「それじゃあ、またね。おやすみ。」

 川幡は帰っていった。その後ろ姿を、奈々はしばし呆然と見つめる。

 同世代の若い男ではないのは百も承知だ。そもそも、若い男が自分の立場に理解を示してくれるとは思えない。同級生たちに自分の気持ちを理解しているもらえるとは思えないから、周囲の友人には自分の事情を伏せている奈々なのだ。知っているのは学歴が同じ有咲くらいなもので、彼女も周囲に吹聴したりしないでいてくれる。

 異性とつきあったり結婚したりなどと言う話は、もしかして、これが最初で最後なのではないだろうか。

 奈々は、そう思いこんでしまうくらいには、深く思い詰めていた。


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