第51話 間に挟まってみた

「テレサさん。もっと、こっちに来てくださいよ」


 エミリーが話し掛けると、テレサは微妙そうな顔をする。

 溜息を吐くと、しぶしぶといった様子で彼女横に膝を崩して座った。


「私たちが上手くやらないとこの作戦は成功しません。ガリオンさんのためにも頑張りましょう」


 エミリーが俺の名を出すと、テレサはいやいやながらもその言葉に頷いた。


「もっとこう、抱き合った方がいいかもしれません」


 エミリーがそう提案をすると、テレサは首を縦に振る。自身が動くつもりはないようで、エミリーは「失礼します」と了承を取るとテレサを抱き寄せた。


「えへへへ、テレサさん柔らかくていい匂いがします」


 エミリーは蕩けるような表情を浮かべるとテレサの肩に頭を乗せスリスリとこすりつける。このような森の奥で美少女二人が身体を寄せ雰囲気を醸し出すのは非日常感が強い。


 ぐいぐい行くエミリーに対し、テレサは間に手を差し込むと顔をしかめ押し戻している。あれは、エミリーの肋骨が当たって痛いと思っている表情だ。


「テレサさんからも抱き着いて来てくださいよぅ」


 そんなことには気付いていないらしく、エミリーはゆるふわな笑顔を向けるとテレサにも抱擁を要求する。

 俺が見守っていると、彼女は首を動かし茂みに隠れている俺を恨みがましい目で見てきた。


(あきらめて言う通りにしろ)


 言葉に出さず口を動かす。俺の言葉が通じたのか、テレサは指示に従う。


 なぜこのようなことをしなければならないのかというと、今回のターゲットが『ユニコーン』ではなく『ユリコーン』だったからだ。


『ユリコーン』は『ユニコーン』よりもさらに希少な生物なのだが、若い女性同士の絡みを好むという伝説がある。


 都合が良いことに、テレサもエミリーもそこらではお目に掛かれない美少女なので、この二人を餌にすれば確実にユリコーンをおびき寄せるのではないかと考えたのだ。


「わっ、テレサさんもようやく積極的になって来てくれたんですね」


 決して、俺が百合百合する姿を見たかったわけではない。

 あくまで見張るため、意識を仲睦まじく百合あう二人に集中していると……。


『ユリリリリーーーーーーン』


 妙な鳴き声と共に、白馬が姿を現した。


「ひっ⁉」


 見定めるようなユリコーンの視線にエミリーが怯えた声を出す。

 テレサはそんなエミリーをぎゅっと抱きしめると、安心させてやった。


「て、テレサさん……」


 包み込む優しさと、胸部に触れる暖かくも柔らかい感触にエミリーは安心すると彼女を見る。


 ユリコーンが近付き、二人の様子を観察し始めた。


『ユリリリリ?』


 まだ疑わし気な様子で二人の周りを動く。


「テレサさん、もっと仲の良いアピールをしないと。表情が……」


 エミリーは及第点にしても、テレサは相変わらずの無表情なためユリコーンに疑われている。

 この作戦は二人の美少女が仲睦まじくしている姿を見せ、ユリコーンが油断している間に捕まえるというものなのだ。違和感を覚えたらユリコーンは逃げてしまう。作戦の成功はテレサにかかっている。


「こういう時はですね、好きな人を思い浮かべて……」


 エミリーが何やらアドバイスを送っているが、小声なので聞こえない。だが、彼女もこのままでは取り逃がしてしまうと思ったのか、一瞬こちらを見ると……。


「か、可愛いです。今までで一番可愛い表情してます。はぁ……食べちゃいたいですよ」


 頬を赤らめ艶やかな表情を浮かべた。


 エミリーの評価は良いとして、問題はユリコーンの性癖に突き刺さるかどうかだ。俺はゴクリと喉をならし機会を待つ。


『ユリン? ユリ……? ユリリリリーーン!』


 品定めをするかのように、ユリコーンが二人へと近付く。


『ユリリリリーーーーーン』


 そして、興奮して蹄を上げると目にハートマークを浮かべた。


「わっ⁉」


 頭をもたげさせ、二人の膝へと乗せるユリコーン。百合の間に挟まるとは許されない所業だ。


「や、やりました!?」


 ユリコーンは二人の膝に顔を押し付け鼻をひくつかせ臭いを嗅ぐと寛いだ様子を見せる。

 先程までとは比べ物にならないくらい幸せそうだ。無理もない、俺だって許されるなら間に挟まりたい。


「えへへへ、こうしていると可愛いかもです。角ってそんなに硬くないですね……不思議な感触です」


 手筈通り、エミリーはユリコーンを撫で油断させる。

 このまま撫で続け、完全に意識を逸らした時に捕まえる。


 後少しですべて上手く行く。そんな考えこそが慢心だったのだろうか?


『ボアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』


 気付いたら、他のモンスターが姿を現していた。


(あれはCランクモンスターのビッグボア。硬い鼻とその巨体を活かした突進は大の男数人かかりでも止められず、潰されたら大怪我を負う)


 この森で遭遇するには希少なモンスターなのだが、タイミングが悪い。


『ボアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』


 ビッグボアはテレサたちの姿を認めると、突進を開始した。


『ユリリリリッ!?』


 異変を感じたユリコーンは起き上がると素早くその場から離れる。

 ユリコーンが離れたことで自由になったテレサも立ち上がると行動を移した。


「嘘っ!?」


 唯一、状況の把握が遅れたエミリーは、立ち上がろうとして膝をつく。混乱しているせいか咄嗟に足が動かないようだ。


「いや、駄目っ!」


 このままではエミリーが押しつぶされてしまう。そう判断した俺は茂みから飛び出すと彼女を抱き、ビッグボアの射線から逃がしてやった。


『ユリッリリ!? ユリィ!? ユルルルルウウウウウウッ!!』


 俺が飛び出したことで面を食らったユリコーン。状況を把握したのか憎悪の視線を俺に送ってくる。


「あっ、こらっ!」


 男の姿が見えたことで、あまりにも素早い動きでその場から逃げ始める。


「くそっ! 後少しだったのに……」


 今から追いかければ間に合うかもしれない。俺がユリコーンを追おうとしていると、


「ガリオンさんっ!」


 エミリーに呼ばれ見てみると、ビッグボアがこちらを見ていた。

 ただでさえユリコーンを追いかけなければ間に合わないというのに、この上邪魔なビッグボアまで……。


『ガリオン私の魔力を――』


 視界の端でテレサが何かを書いているが、今の状況では時間が惜しい。


「すまんが、ちょっと失礼するぞ」


「えっ……? あんっ!」


 エミリーの手を握り、魔力を吸わせてもらう。目の前のビッグボアを瞬殺して直ぐに追いかければ間に合うかもしれないから。


「言っとくが手加減はしてやれないからなっ!」


 横ではテレサが手を伸ばし呆然とした様子を見せている。

 俺は彼女が動かないのを確認すると、ビッグボアに斬りかかった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る