第52話 怒られてみた

 先程から微妙な雰囲気が漂っている。


 エミリーは申し訳なさそうな表情を浮かべ、テレサは頬を膨らませると一切俺と視線を合わせようとしない。


 現在、俺たちはユリコーン捕獲に失敗して街の酒場に入って食事をしているところだ。

 時刻は夕方を回っているので、仕事終わりの冒険者や街の労働者が次々と訪れ、酒や料理を注文していく。


 俺たちのテーブルの前にもそれぞれ酒が入ったコップと料理が並んでいるのだが、肝心の二人がこの様子なので乾杯をすることもできないでいた。


「なあ、いい加減機嫌直せよ」


 俺は溜息を吐くとテレサに話し掛けた。

 テレサは俺を見て批難の視線を向けるのだが視線をそらさない。


 そろそろ、付き合いもそれなりに長いので、彼女が言いたいことは目を見れば大体わかる。

 確かに、ユリコーンを捕獲すると決めたのは俺だし、作戦通りに行動しなかったのも俺。取り逃がしてしまったことにも責任がある。


 わざわざ丸二日かけて成果を得られなかったことに、テレサは落胆しているに違いない。


「ううう、私がどんくさいばかりに申し訳ないです」


 そんな空気を察してか、エミリーが目に涙を浮かべ落ち込んだ様子を見せる。

 こちらはこちらでケアしなければならないので大変だ。


「いや、あそこでビッグボアが現れるなんて読めなかったんだから仕方ないって」


 あの瞬間、ビッグボアの突進をエミリーが避けていれば、俺が姿を現さずに済んだのでユリコーンを捕獲するチャンスは消えていなかった。


「それに、エミリーがいたからユリコーンが生息していることもわかったわけだし」


 彼女が森の奥で「ユニコーンを見たんです。嘘じゃないです!」と主張したことが今回の発端だ。そうでなければ俺たちも森に入ろうと考えなかった。


「ガリオンさん」


 エミリーは顔を上げると瞳を潤ませ感動したような顔をしている。あまり優しくするのもまずいとは思いつつ、それでも突き放すのは罪悪感が湧いてくる。


 この空気をどうにかしたいとテレサに視線で助けを求めると……。


『ガリオンのバカ』


 空中に文字が描かれた。まだ怒っているようだ。


 俺が何かしてテレサが怒るのはいつものことなのだが、今回は少ししつこい気がする。

 確かに、ユリコーンさえ捕獲していれば彼女の念願を果たせた可能性があるのでそうなっても仕方ないのだが、本来のテレサは駄目なら次を考える悪く言えば冷めている、良く言えば効率的に物事を考える人間のはず。


 まるで私怨が混じったような目で俺を非難することに違和感があった。


『結局、ガリオンは男でも女でも誰でも良いんですよね』


「おい、その誤解はなんだ?」


 テレサの唐突な発言に俺は眉根を歪めた。

 以前、深海祭でテレサに絡んでいた酔っ払いを追い払うために演技をしたことはあったが、あれだって別に男が好きというわけではない。


 やつらは一応客なのでぶん殴るわけにもいかず、ことを穏便に収めるためにやったことだ。

 相棒にそのことを理解してもらっていなかったことに一抹の寂しさを覚えた。


「えっ!? ガリオンさんって……そっちの……だから、私のことも……?」


 エミリーが食いつき、頬を染めチラチラとこちらの様子を窺がい始める。百合が綺麗な男がいないように、女性にはそういう嗜好が備わっているのかもしれない。


「いや、ないから!」


 彼女が余計なことを言う前に否定しておく。

 だが、エミリーの言葉を遮ったことでテレサは『何か隠してますね?』と眉をピクリと動かした。


「はぁ、取り敢えず森での活動で疲れてるんだ。とっとと一杯飲ませてくれ」


 これ以上は付き合い切れない。テレサは酒に強くない。飲ませてしまえば酔っ払うだろうし、朝になれば忘れているだろう。


 そんなことを考え、乾杯をして食事を始める。


 有耶無耶にしたせいか、誰一人話すことなく食事が進む。

 エミリーはテレサの様子を窺がっているし、テレサは俺とエミリーに警戒心を出している。


「そう言えば、ガリオンさんは錬金術士にも知り合いがいるんですか?」


 ふと、エミリーが質問をしてきた。


「いや、いないけど。なんで?」


 俺が冒険者になってからまだ一年経っていない。それなりに交友は広がってきたが、戦士職の者がほとんどだ。


 なぜ唐突にそのようなことを聞いてきたのか、エミリーに視線を送ると。


「だって、ユニコーンやユリコーンのツノって万病に効く薬になる素材じゃないですか。それをそのまま手に入れて、私には現金で報酬を払うと言っていたので、そういう伝手があるのかなと思ったんです」


「あー、そういうことか」


 確かに、俺はツノを得た場合の報酬を現金で支払うと言っていた。それというのも、ツノはテレサの声が出ない呪いを打ち消すために使おうと考えていたからだ。


「いや、まあ。こっちで使い道があったから……な?」


 彼女の呪いについては俺から言葉にするわけにはいかない。

 俺は当然わかっているであろうテレサに視線を向けるのだが、


「テレサ?」


 彼女はポカンと口を開け呆けた様子を見せていた。


『……いえ、何でもないです。ガリオンがツノを求めたのは……そうだったのですね』


 そうだったも何も、まさか今頃気付いたのだろうか?

 先程までの怒りとは別に、妙にもじもじとした態度をとると、テレサは両手で頬を挟み緩みそうになる表情をどうにか取り繕うとする。


 やはり酒を呑んだことで機嫌が直ったのだろう。


『まあ、取り逃がしてしまったものは仕方ありません。他の人間に討伐されなければその内機会もあるでしょうし、前向きに考えましょう』


 テレサは論理的思考を導き出すと今後について話し始めた。


「ですよね、私も次はお役に立てるように頑張ります」


 テレサからの圧力が消えたからか、エミリーも楽しそうにお酒を呑み始めた。

 酔っ払いたちの喧騒が聞こえる中、俺たちはちびちびと酒を呑み料理をつまみ、この場を楽しむ。


 ふと俺は、一つの疑問が浮かんだ。


「なあ、テレサ。ちょっといいか?」


『何ですか、ガリオン?』


 妙に上機嫌になって料理を食べているテレサに俺は聞いてみた。


「不機嫌の理由がユリコーンのツノを取り損ねたことじゃないとしたら、お前はさんは何に対して怒っていたんだ?」


 俺の目的を察していなかった時点でユリコーンが怒りの原因ではなかった。

 だとすると、俺は一体何をやらかして彼女を怒らせたのか?


 テレサは「うっ」と唇を噤み、澄んだ白銀の瞳を泳がせエミリーをチラリと見る。そして顔を赤くすると、


『な、内緒……です』


 結局、怒った理由に関しては教えてくれないのだった。


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