第49話 褒めてみた
「おっ、ミリィちゃん。そのリボン可愛いな」
毎日同じ行動をとっていると、ちょっとした変化が目に止まることがある。何気なく料理を運んできたミリィちゃんの頭に飾られたリボンが目に入ったので話し掛けてみた。
「えへへへ、これ先日市場で見かけて気に入って、お小遣いで買ったんですよ」
ミリィちゃんは嬉しそうに語ると、頭部に着けた青のリボンに指で触れ、形を整えた。
毎日接客業をしており、余計な装飾物を極力避けているミリィちゃんだが、年頃の少女ということもあってかお洒落に興味が無いわけではないらしい。
リボンは良い生地が使われているようでそれなりに高価なのだろう。おそらく、購入には覚悟がいったに違いない。
少しでも自分を可愛く見せたいと思う姿勢を俺は微笑ましく思い、更に褒めようと考えた。
「うん、可愛いミリィちゃんには大柄なリボンが似合ってる。センスも良いじゃないか」
「そ、そんなぁ。ガリオンさん口が上手いんだから」
可愛い女の子が笑う姿は目の保養になるので、俺はできる限りの誉め言葉を出し続けた。
――カチャンッ――
硬質の音がして振り向くと、対面で食事をしていたテレサがフォークとナイフを皿の上に置いていた。
「どうしたんだ?」
ミリィちゃんが料理を運んできてからまだ数分も経っていない。実際、料理はほとんど食べられておらず、今も湯気を漂わせている。
俺が疑問を浮かべるとテレサはナフキンで口元を拭い立ち上がった。
『少し、用事を思い出しましたので』
空中に素早く文字を描き、こちらの返答を待つことなく食堂を出て行く。
「何だったんだ?」
俺は首を傾げると、行動が読めない相棒の奇怪な言動に頭を悩ませるのだった。
翌日になり、いつものように食堂で注文した食事をしているとテレサが現れた。
何気ない様子で席に着き、いつも通りメニューを指差し注文をする。
「おはよう」
注文を終えた彼女と目が合ったので挨拶をするのだが、彼女は何やら不機嫌そうに眉根を歪めた。
『……おはようございます』
テレサは俺の方を向くと返事を返した。俺が食事を再開すると、目の前でチラチラとテレサが動いている。
頭を揺り動かし、まるで祈祷でもするかのようにアピールしてくる。もしかして二日酔いにでもなったのだろうか?
「あの……テレサ?」
『何ですか、ガリオン?』
「いや、気になるし食事中だから落ち着け」
何度も視界を横切る頭のせいで食事に集中できないので注意すると、テレサは「はぁ」と溜息を吐いて動きを止めた。
これで落ち着いて食事ができると思い、パンをちぎって食べていると、ミリィちゃんが食事を運んできた。
「お待たせしました……、テレサさん……それ……むぐっ!」
ミリィちゃんが何かを言おうとテレサを指差す。だが、言葉を発している最中でミリィちゃんの口元が杖で塞がれてしまった。
「おいおい、可哀想だろ」
突然のテレサの暴挙に対し、彼女を咎めた。
「んぐっ……突然なんですか⁉」
ミリィちゃんは右手で杖をどけるとテレサに抗議した。
「いや、テレサが悪かったな」
パートナーの暴挙を咎め代わりに謝るのだが、当の本人はそっぽを向くと聞く耳を持たないでいる。
そんなテレサをしばらく見ていたミリィちゃんだが、凝視するようにテレサを見たかと思うと、
「なーるほど、そう言うことですか?」
ニンマリと笑いテレサに意味ありげな言葉を掛けた。
テレサは見下ろす彼女を吊り目で睨むと、
『何も言わずに下がってください』
極めてストレートに要望を告げる。
「はいはい、わかりましたって。本当にテレサさんって可愛いんですから」
ボソリと呟くと立ち去ってしまう。
しばらくの間沈黙が流れ、俺もテレサも食事をしている。
ある程度食事が進むと、テレサはフォークとナイフを置き文字を描いた。
『ガリオン、何か私にいうことはありませんか?』
「ん、ああ。次の依頼の件だが、例の巨乳受付嬢から厄介なの押し付けられそうだったから断っといたぞ」
先日、冒険者ギルドに呼ばれた際のやり取りを伝えておく。
『そうではなくて……いえ、その仕事も気になりますけど、もっと他に言うべきことがあるでしょう?』
何やら必死な様子で訴えかけてくる。俺はそんなテレサをじっと観察していると、彼女は恥ずかしいのか視線を逸らし指で頭部を突いて見せる。
俺はいよいよどう答えていいかわからずにいると、ミリィちゃんが近付いてきて耳元で囁いた。
「ガリオンさん、テレサさんのリボンです。ほら、普段と変わってませんか?」
「ああ、それは気付いていたが、それがどうしたんだ?」
俺がテレサの変化に気付かないわけがないだろう。今日は新しいリボンを身に着けていることくらい顔を見た瞬間にわかっていた。
テレサはじっと俺たちの様子を窺がっている。何かを期待するような目をしている。
「きっと、ガリオンさんに褒めて欲しいんだと思いますよ?」
「そんな馬鹿な、ありえないだろう」
これまでも色んな格好を見てきたが、何も言わずとも特に気にした様子はなかった。だというのに、いまさらリボンの一つでこのような態度をとるわけがない。
「はぁ、ガリオンさんはこれだから……。昨日は見直したけど今日は幻滅したので差し引きマイナスですね」
「そこはプラマイゼロじゃないんだな?」
ミリィちゃんの評価が辛辣すぎる。
とにもかくにも、そこまで言うのなら褒めておくか。ミリィちゃんの間違いを証明しておけばそれはそれで意味があるだろう。
「テレサ」
『何です? どうしましたか?』
ことさら頭をアピールしてくる。テレサが頭を動かすたび、黄色のリボンがフリフリと揺れた。
「そのリボン、可愛いな。似合っているぞ」
『別にたまたま市場で買っただけですから、似合うも似合わないもありません。ガリオンに褒められても別に嬉しくないですよ』
「な?」
急ぎ、文字が書かれたので俺はそれを指差すとミリィちゃんに勝ち誇った態度をとった。
「ええ、よくわかりました。ガリオンさんだけじゃなくてテレサさんも凄く面倒くさいということが」
とても冷めた視線を送るミリィちゃん。俺が彼女から視線を外しテレサを見ると、彼女は頬を引っ張っていた。
「テレサ、どうした?」
奇怪な行動をとる相棒に俺は驚くと、
『虫がいたので少し……』
「そうか」
つねったことで頬が赤くなっている。俺はそれ以上突っ込むのを止めた。
『それより、仕事に行きましょう。今日も稼がないといけませんからね』
テレサは立ち上がると俺に促してくる。
「たく、食事くらいゆっくり食わせて欲しいんだけどな」
そう言って手を引くテレサの横顔は緩んでおり、どう見ても機嫌がよさそうだった。
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