第48話 手を繋いで歩いてみた

「それじゃあ、また来るから」


「ええっ、ガリオン兄ちゃん泊ってけよぉ!」


「テレサちゃん、一緒にお風呂入ろうよ」


「あなたたち、二人を困らせるんじゃありません」


 あれから、俺の近況をクラリス先生に伝えていると、リドルたちが戻ってきて遊んでほしいとせがんだ。


 俺とテレサは、三人のみならず、他の孤児院の子供の面倒をみることになった。


 たまに顔を出すと、こいつらは俺にへばりついてくる。

 リドルは剣の扱い方を教えて欲しいと行ってくるし、キャシーとリンも冒険の話を聞きたがった。


 俺は、最近こなした冒険の話をしてやり、テレサが簡単な魔法を使って見せる。

 子供たちはテレサの魔法に魅せられたのか、色んな方向から引っ張られ、その度に彼女の服が乱れ、刺激的な肩紐が目に映った。


 夕方になり、年少組が遊び疲れて眠りに落ちると、そろそろ頃合いと判断し、俺たちは帰ることにした。


「また、二人で来てください」


 クラリス先生が優しい目で俺とテレサを見ている。


「ま、暇になったらな……」


 俺の後ろでテレサも頷く。


 孤児院に背を向けて歩き出すと、テレサは早足で追いつくと俺の横を歩いていた。


 クラリス先生の暖かな顔を思い出した。

 これまでは、帰ろうとするたびに心配そうな、あるいは申し訳なさそうな表情で見送られてきたのだが、今日は違った。


 右手に何か感触がしてみてみると、テレサが俺の手を握り締めていた。


 俺が顔を覗き込もうとしても、俯いて表情を隠している。


「おい、どうしたんだ?」


 先程まで、子供たちと遊んでいた時とは違い、今度はテレサ自身が子供のような態度をとり始めた。


「もしかして、腹が減ったとか? なら、どっかの店で食っていくか?」


  あいつらの相手をするのは体力を使うから、テレサが空腹で不機嫌になっているのかと思い、そう提案してみるのだが……。


『どうして、黙っていたのですか?』


 先程、中断した疑問を改めて持ち出してきた。


 俺は、彼女の怒りの原因に思い至ると言い淀んだ。

 テレサが、顔を上げ俺の目を覗き込んでくる。


 その澄んだ瞳は子供のように綺麗で、嘘を許さない純粋さを持っていた。

 表情に怒りはなく、こちらの答えをただ素直に聞きたいと思っているようだ。


「孤児院出身と言うと、避けられる気がしてだな……」


 俺は気まずさを覚えて、彼女から目を逸らすとそう告げる。


 もしかして、怒るんじゃないかと思ったのだが、テレサは首を傾げると不思議そうな表情を浮かべた。


『どうして、孤児院出身だと避けられると思ったのですか?』


「いや、親の素性も知れないし、教育も行き届いてないんだぞ。普通の家の子供は関わろうとしないだろ」


 小さいころ、大人たちに面と向かって言われたのだ。その時の周囲の視線のせいで、俺は極力孤児院の話を人前でしないようにしていた。


『変なことをおっしゃいますね、ガリオンはガリオンでしょう?』


 あっけにとられて言葉が出なくなる。


『私は、ガリオンだからこそパーティーを組んでいるのです。孤児院出身だからと知らされたからといって、離れることはありません』


 あまりにもはっきりと告げるテレサを思わず見返していると、


『へ、変でしょうか? あまりじっと見られると照れるのですが……』


 彼女は俺の視線から逃れるように視線を逸らした。

 一瞬、彼女の態度に気圧されてしまった俺だが、


「俺の事情は話したが、テレサがあの場所に来た理由も聞いてなかったよな?」


 次の瞬間、ビクリと肩を震わせる。

 そっと顔を上げたテレサは『それ、言わなければだめですか?』と懇願するような視線を俺に向けていた。


「俺も話したんだから当然だろう」


 立場が逆転したので、俺はテレサを追い詰める。


『ミリィさんが、ガリオンがデートに出掛けたんじゃないかと疑っていたもので……』


 宿屋の看板娘の笑顔が浮かぶ。あの娘は好奇心旺盛で、いかにもテレサをたきつけそうな雰囲気があった。


「まったく、あほらしい……」


 毎日一緒に依頼を受けていることを考えれば、俺が付き合っている人間がいないのくらいわかりそうなもんだろうに……。


『あほとは何ですか、ガリオンだって私に隠し事していたくせに』


 頬を膨らませながら、不機嫌をアピールしてくるテレサ。俺の右手を握ったままなのだが、そちらは気にしていないようだ。


「ありがとうな」


 首を動かし、テレサが俺を見る。


『何か言いましたか?』


 聞こえないように小声を発したのだが、ギリギリ耳を掠めてしまったようだ。


「なんでもない、それよりも、あいつらの相手して腹が減ったから酒場に寄って行こうぜ」


『ガリオンの奢りですか?』


「ったく、ちゃっかりしてるな……」


 溜息を吐くと、目の前に素早くテレサがメッセージを走らせた。


「お、おいっ……、今何て書いた?」


 文字の前を通り過ぎるのだが、テレサが振り返ることを阻止してくる。


 右手をぎゅっと強く握りしめると、俺を引っ張った。


 一瞬見えた文字はおそらく――


『こちらこそ、ありがとうございます』


 笑顔を向けてくるテレサに連れられ、俺は仕方ないとばかりに彼女を追いかけるのだった。

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