第45話 打ち上げに出てみた

「冒険者の皆さん『深海祭』の期間、警備の仕事ありがとうございました。例年よりも盛り上がりをみせた今年、大きなトラブルなく乗り切れたのは皆さんの働き合ってのものです。宿舎には、明日の昼まで滞在していただいて構いませんので、本日はこちらが用意しました料理と酒を、心ゆくまでお楽しみください」


 街の代表が台の上にたちそう告げる、その手には酒が入ったコップを持っており、俺たちも同様にしている。


 陽がすっかり傾き、夜のとばりがおり始めた現在、俺たちは依頼を終え、こうして締めの挨拶を聞いていた。


 代表の音頭で「乾杯」をする。


 宿舎前の敷地にはテーブルが並べられ、様々な料理が置かれている。


 テンタクルス焼きにテンタクルスの唐揚げにテンタクルスのソテーなどなど……。


 離れた場所では火を起こして肉を焼いており、何とも言えない良い匂いが漂ってくる。


 大半の冒険者はそれらの料理につられて、コップを片手にわいわいと移動を開始した。


 横を見ると、テレサとちょうど目が合う。彼女も料理を取りに行きたいらしく、俺の腕を引っ張ると『早く行きましょう』と全身で訴えかけてきた。


 皿一杯に料理を確保した俺たちはテラス席に座る。テレサは無言で料理を食べているのだが、俺は食事をしつつも打ち上げの光景を見ていた。


 そこら中に、男女の組み合わせで回っている人間を見かける。リゾート地での仕事にかこつけて付き合い始めた連中だ。


 冒険者ランクやパーティーなどの垣根を越えて、お互いに惹かれあった者同士が仲睦まじくしている。


 お互いに好意を寄せているのだが、勇気がなくて切り出せないヘタレな連中も、今夜の催しで酒の勢いを借りてどうにかしようとしているように見える。


 そんな、恋人未満の初々しい様子を達観して見ていると……。


『ガリオン、こっちのお肉凄く美味しいです。あと、お酒もあってます』


 串で俺の腕をぷすぷす刺すと、テレサが感想を告げてくる。


 あんに、次の料理を持ってきて欲しいと言っているのだが……。


「それは構わないが、他のやつが声掛けてきても勝手に付いていくなよ?」


 そもそも、俺がこうしてこの場にいるのはテレサから目を離すと危険だからだ。


 彼女は首を傾げると『どういうことか説明してください』と目で訴えかけてくる。


「お前さん、可愛いからな。もし俺がこの場から離れたら、最後のチャンスとばかりに男どもが群がってくるに決まっている。いいか、男は全員獣だ! 決して気を許すんじゃないぞ?」


『ガリオンが言うと、説得力がありますね』


 失敬な、俺は無害な方の獣だぞ。もし、俺が本気でルクスみたいな動きをしたなら、今頃テレサの胸や尻は…………。


 ——プスッ――


「痛いんだが……?」


『手の動きが厭らしかったので……つい』


 どうやら、想像している間に俺の両手の封印が解け、動いていたようだ。


「とにかくだ、最後の夜とか考えて行動する連中には気をつけろってことだな」


 俺はどうにか誤魔かした。


 だが、テレサは納得していないのか、ジトっとした目を俺に向けると……。


『ガリオンこそ、気を付けるべきです』


「ん、何を気を付けるんだ?」


 俺はテレサと違い、危なげなく過ごしているのだが……。


『最後のチャンスと考えるのは、何も男に限った話ではないということです』


 話は終わりとばかりに食事へと戻る。俺は首を傾げながらも追加の料理と酒を取りにいくのだった。




 目の前ではテレサがフラフラと頭を揺らしている。


 最終日ということもあってか、随分と酒を呑んでいたから無理もないだろう。


「テレサ、そろそろ宿舎に戻れ」


 だが、彼女は俺の腕を掴むと首を横に振る。そして何かを警戒するように周囲を見回した。


 会場にはまだ多少の人間が残っている。


 カップルが成立した者は早々に部屋に引き上げており、今頃二人だけの二次会を催しているのだろう。


 他にも、恋に破れた男どもは互いの傷を舐めあうため、酒を持ち込んで部屋で反省会をしているに違いない。


 残っているのは、俺とテレサ。そして一部の女性冒険者たちが集まっているくらいだ。


「どうみてもフラフラしているじゃないか。話なら明日聞いてやるから、な?」


 そう言って、俺は彼女を宿舎に戻す。

 途中までついて行ったので、俺もそのまま部屋に戻ろうかと思ったのだが、周囲の野郎どもを警戒していたせいか、いまいち酒が足りていなかった。


テレサも安全圏に逃がしたわけだし、もう少し酒でも呑むかと考えると、俺は余った酒を確保しに広場へと戻った。


 適当に料理を物色しながら、一人で酒を呑んでいると……。


「ガリオンさんっ!」


 振り向くと、一人の少女がいた。


 確か、魔法使いで、テレサに着ぐるみを押し付けられていた娘だったか?

 何度か、話をした覚えはあるのだが、こんな遅くまで酒の席にいるような娘ではなかったので意外だ。


「おお、どうした?」


 俺が聞き返すと、


「実は、私……ガリオンさんのことが――」









「よう、おはよう」


 一夜が明け、昼の手前になったあたりでテレサが姿を現した。


 この宿舎を出なければならないので、荷物を抱えている。


 他の冒険者はとっくに手続きを済ませ、報酬を受け取って、それぞれが活動している街へと戻って行ったので、残るのは俺たちくらいだ。


『最後の方の記憶が曖昧です、私はあなたとどこまで一緒にいたのでしょうか?』


 酔いにかこつけてベッドインしたのではないかと疑っているのだろうか?


「安心しろ、お前さんを宿舎まで送り届けてから、俺は少し酒を呑みに戻ってから寝たからな」


 証人だっているのだ。


 ところが、テレサは不安を払拭するどころか、より食いついてきた。


『本当に何もなかったのですか?』


 その追及に少し間があく。実際に何かはあったからだ……。


 彼女は妙に不安そうな顔をする。どうやら何かを察したらしい。

 俺は、そんなテレサを見つめると……。


「はぁ……帰りたくねぇ」


 思いっきり大きな溜息を吐いた。


『確かに、なんだかんだで楽しい仕事でしたからね』


 炎天下の中、着ぐるみを着せられたり、テンタクルスと戦ったり、他の冒険者と交流をしたりした。


 思い返すと、半分はろくなめにあってないような……。


 だが、俺が言いたいのはそこではなかった。


『何か、この地に思い残したことでもあるのですか? たとえば、想いを告げたいとか?』


 俺はその言葉に首を横に振る。そんな感傷的な理由ならばまだよかった。


「だってよ、あの冒険者ギルドだぜ? 戻ったらまた厄介な仕事をこっちに振ろうとため込んでるに決まってるじゃねえか!」


 特に、あの巨乳の受付嬢は厄介だ。あの凶悪な武器を使い、こちらの意識を奪ってる間に仕事を押し付けてくる。


「とにかく、だ。戻ったらしばらくは遊んで暮らすから、テレサもそのつもりでいろよ!」


『はいはい、わかりました。次の仕事を決めてしまいましょうね』


「俺の話を聞いてた⁉」


 先程までの不安そうな表情が消え、テレサはなぜか上機嫌で次の仕事について話始めるのだった。

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