第44話 早朝訓練してみた

 夜明けとともに目が覚めると、俺はラフな格好に着替えて表に出る。


 宿舎を出て、街を一周すると、ところどころに散歩をしているお年寄りを見かける。


 毎日ここを通るので、時には手を振ってきたり「元気だね」と声を掛けられたり。滞在して一週間もすると、それなりに知り合いも増えてきた。


 街中をしばらく走り回ると、宿舎に戻ってきて軽く水分を補給する。

 追加でコップに水を注ぎ、愛用の剣を携えると裏庭へと移動する。


 ここは、洗濯物を干すスペースで、俺たち雇われ冒険者が毎日使うベッドのシーツは宿舎の管理人さんによって現れている。


 そのお蔭で、毎日気持ちよく睡眠をとることができるので感謝している。


 日中は大量のシーツが干され壮観なこの場所は、早朝だというのにそれなりに人がいたりする。


 そこかしこで剣を振る男女。すべて武器を扱うことを生業にしている冒険者たちだ。


 俺たちのような人間は、とにかく一日に一度は武器を振らないと落ち着かない。

 別に、危険な意味合いではなく、この手の肉体労働があまりない仕事だと身体がなまってしまうからだ。


 一日手を抜けば取り戻すのに三日。これが武器を扱う冒険者の常識だ。なので、俺たちは誰に言われるともなくこうして身体を酷使するのだ。


 彼らは俺に気付くと、軽く手を振って挨拶してくる。先日の、テンタクルス討伐以降仲良くなったので、現在の俺の悪評は、ほとんど消えたと言っても良いだろう。


 俺は皆から離れた場所に陣取ると、剣を振り始める。


 ――ヒュイッ! ヒュイッ!――


 風を切り裂く音を聞きながら、もどかしさを覚える。自分が満足できる剣筋をなぞれるのは百回に一回もない。まだまだ自分の剣に満足することができない。


 途中、俺の稽古を見ていた男冒険者が対戦を挑んでくる。


 剣を交えることで、お互いのことを知り、いざどこかの依頼であった時には仲良く仕事をするための儀式めいたやり取りだ。


「はぁっ!」


「ま、まいった!」


 そんなやりとりを、俺は剣を一閃させて終わらせる。

 男冒険者は肩を落としてすごすごと退散していく。他の冒険者に声を掛けられ、何かを話しているようだが、俺は黙々と素振りに戻った。


 しばらくすると、今度は女冒険者が近付いてきた。

 彼女の獲物はムチのようで、自分と違う武器を持つ相手との対戦もまた非常に高い経験値となることを俺たちは知っている。


「はっ! やっ! せいっ!」


 ――ピシッ! ピシッ! ピシィィィ!――


 変幻自在のムチを見切って避ける。最初は左右に、見切れるようになってからはその場から動かず身体をかがめて……。


 周囲で見物している冒険者たちからは「おおおおおおっ!」と歓声が聞こえるが、そんなに余裕はない。


 なにせ、ムチの動きを読み切ろうと集中しているのに邪魔が入るからだ。


「はぁはぁ、んっ! やぁっ!」


 息切れする女冒険者の声が非常に気になる。


 わざとやっているのか、苦悶の表情を浮かべ、時に艶めかしく聞こえるそれが俺の五感の一つを完全に役に立たなくした。


 ひとまず、耳から得られる情報は諦め、俺はその声をひたすら記憶することに自身の潜在能力の半分を傾け、勝負を続ける。


「『スネークバインド』」


 技を仕掛けてきた。ムチの動き加速し、螺旋を描くと俺に向かってくる。


 俺はその動きを見て焦ることなく地を這うと攻撃を避けた。


「おおおお、今のみたか?」


 観客の感嘆の声が聞こえる。どうやら彼らも気付いたらしい……。


「くっ、今のを避けるなんて。こうなったら最終奥義」


 彼女が腕を振るたび、胸が大きく揺れていることに。


 これのせいで、俺は彼女の動きから目が離せない。比率で言うと4割を胸に、5割を耳に。そして1割はムチの動きに集中している。


「『スパイラル』」


 次の瞬間、ムチが唸り、生物のように俺に襲い掛かってきた。


 俺はその軌道を完全に見極めると、


「えっ?」


「はっ?」


 ムチをすり抜け、無防備な彼女の前に立つと、剣の尻で胸を押す。


「あんっ!」


「これで終わりかな?」


 まったく、最後まで気が抜けない戦いだった。


「今のどうやったんだ?」


「ムチの不規則な軌道を読み切って、攻撃を全部避けた?」


「嘘だろ? まるで幻のように攻撃をすり抜けたようにしか見えなかったぞ」



 ペタリと尻もちをつく女冒険者に手を貸すと、


「俺はそろそろ上がらせてもらう。あんた、いい物持ってるな」


 俺は良い対戦をしてくれた女冒険者に声を掛けて宿舎へと戻った。


 俺たち冒険者の朝は、大抵こんな感じで始まり、早朝の運動を終えて食堂で食事を摂っていると……。


『おはようございます』


 目をごしごしこすりながらテレサが現れた。


『いつもながらに早いですね。早起きするのにコツでもあるのでしょうか?』


 テレサの変わりに朝食を注文すると、彼女が首を傾げた。


 俺は、ふと考えると……。


「早起きすると、結構いいことがあるからな」


 疑問を浮かべる彼女に、そう告げるのだった。

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