第43話 海水浴してみた

「うわぁ……今日も暑いな」


 陽ざしが降り注ぐ中、そこらでは冒険者の警備員が汗水流して働いている。


「こんな日に働かずに済むなら、テンタクルスを後数匹倒してもいいかもしれないな」


 俺たち討伐組は、警備の仕事を一日免除されているので、降ってわいた休暇ということもありこうして寛いでいた。


「テレサもそう思わないか?」


 向かいの席ではかき氷とテンタクルス焼きを食べているテレサが座っている。

 パーカーを身につけ、横に浮き輪を置いており、この祭りを満喫しているようだ。


 彼女は『何を馬鹿なことを言ってるんですか?』と俺を睨み付けると食事に戻ってしまう。


 相変わらず目を惹く容姿と身体をしているので、周囲の男連中は通り掛ると必ず振り向いてテレサを見ているが、俺が同席しているからか声を掛けてくる者はいないのだが、一瞬でも目を離せばやつらは群がりテレサを連れ去ろうとするだろう。


「そういうことか……」


 俺がふと真実に気付くと声が漏れ、テレサは食べるのを止め首を傾げる。


「どうにも不思議だったんだよ。朝からお前さんが訪ねてきて、急に『海に行きましょう』と誘ってきたことが」


 女性に誘われて断るのは男がすたる。最初は浮かれ気分で準備をしていたのだが……。


「俺を男避けに使って誰にも邪魔されずに海水浴をしたかったってことだろ?」


 ズバリと彼女の考えを見透かしてみせるのだが……。


「なぜそんな、使い終わった楊枝を見るような目を俺に向けてくるんだ?」


 彼女は俺の質問に答えることなく、ふたたび食事をするのだった。




「そういえばお前さん、もしかして泳げないのか?」


 食事を終え、『泳ぎたい』と告げたテレサと一緒に海へと向かった。彼女は浮き輪を持っているので聞いてみた。


 テレサは首を横に振ると、続いて海の方を指差す。

 そこでは浮き輪に身を委ねてる女性と、それを押す男のカップルがいた。


「なるほど、別に補助道具として使う必要もないからな」


 ずっと泳いでいるのは疲れる。


 テレサは体力がある方ではないので、ああしてゆっくりするのに浮き輪が必要だというわけだ。


 彼女がパーカーを脱ぐと、周囲の野郎どもの視線が一気に集中する。

 俺はテレサの背後に回り込むと、出来る限りその視線を遮った。


 背後から彼女を見下ろすと、この場で最も戦闘力が高い二つの丘が目に映る。深夜のテンタクルス以上の脅威を目の当たりにした俺はゴクリと息を吞むのだが、ふと彼女振り向き、俺をじっと見つめてきた。


 見ているのに気付かれたので、この後攻撃の一つでもくらわせられる覚悟をしている俺だが、なぜか彼女は特に何も言うことなく、俺の手を引くと海へと入っていく。


「暑い中こうして泳ぐのも悪くないな」


 海水の冷たさが気持ちよく、波に揺られる。

 テレサは浮き輪に腕を足を出すと、目を閉じて気持ちよさそうにしていた。


 昨晩のテンタクルス戦で魔力を結構使っているので疲れているのだろう。

 浜からある程度離れた場所まできたので、こちらに注目している者は少なく、テレサの水着姿は俺だけのものとなった。


(まてよ……?)


 今なら警戒心が下がっている。


 周囲の男どもの下卑た視線もなくなっているので、テレサも油断している。


 最初に言っておくが、俺は女性の胸が大好きだ。だが、時にはそんな胸よりも価値が高い部分が存在する。


 テレサが目を瞑っているのを確認すると、俺は海中に潜った。


 それなりに深く潜るとその場で上を見上げてみる。すると、そこには海上でぷかぷか浮かぶ浮き輪と、そこに嵌り込んだテレサのお尻がある。


 波に合わせてゆらゆらと揺れるフリルの布地、きゅっと引き締まった形の良い尻は、普段このような角度から観察することが不可能なため、この場においては金貨10枚を超える価値があった。


 浮上してしまえばテレサも目を開けてしまうかもしれない。これはあくまで一度しか見られないチャンスなのだ。

 息が続く限り――いや、たとえ死ぬことになっても見続けるべきだろう。


 そんな意志を貫こうとしていると、浮き輪がよじれた。

 テレサが目を開けてしまい、俺がいないことに気付いらしい。


 彼女は慌てたのかきょろきょろと身体をよじり、周囲を確認して俺がいないの確認する。

 そして、浮き輪から身体を動かすと、そのまま海中へと降りてきた。


 既に空気がほぼ失われている俺を、彼女は掴むと慌てた様子で身体を動かすのだが、そんな動きをしながら口を開けると……。


 ――ゴボッ――


 大量の泡がテレサの口から漏れた。


 そして少しすると、カクンと首の力を抜き、ゆらゆらと揺れる。


(もしかして溺れてる?)


 俺は慌てると、彼女を抱き、浮上するのだった。




 浜辺に戻ると、テレサが咳をして海水を吐き出す。俺はその様子を見ると、


「お前さん、本当は泳げなかったんだろ?」


 先程、浮き輪を使っている時は、単に使いたいだけだと思っていたが、水の中に入ってきた限りを見ると、とても泳げるようには見えない。


「なのに、どうしてわざわざ海中に入ってきたんだ?」


 俺が質問をすると、テレサは苦しそうな表情を浮かべながら、理由を書いた。


『目を開けて見てガリオンがいなくて、しばらく気配を感じなかったので溺れているかと思ったのです。それでいてもたってもいられずに……』


 どうやら彼女は俺が溺れていると考え、助けに来たらしい。


 自分が泳げないくせに、無茶をするやつだ。


「そりゃ、すまなかったな。海中からしか見られない光景に釘付けになっていたんだ」


『海中の光景……。羨ましい』


 息を整えると嫉妬交じりの視線を俺に向けてくる。


「どちらにせよ、お前さんには見ることができない景色だからな。気にするな」


 何せ俺が見ていたのは彼女の尻なのだから……。


「助けに来てくれたお礼にこの後奢るからな。何でも好きな物を食うと良い」


『いいんですか? それじゃあ、ちょっと高めの店とか考えちゃいます』


 嬉しそうな顔をするテレサ。せめてもの罪滅ぼしとして、俺は財布が空になる覚悟を決めるのだった。


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