第42話 謝ってみた

「あんた凄えな!」


「一人だけテンタクルスの触手に捕まることなく立ち回ってましたよね!」


「パーティー登録は? 良かったらうちに入ってくれないか?」


 テンタクルスとの戦闘を終え、宿舎へと戻った俺たちは、徹夜明けのテンションでそのまま酒盛りへとなだれ込んだ。


 今回の特別依頼のお蔭で、丸一日警備の仕事から除外されているので、俺を含めた冒険者たちは明日の仕事を気にする必要がない。


「いや、あれは俺が凄いというよりはテレサが支援してくれたからだぞ」


 テンタクルスが海に戻れないように凍り付かせたタイミング。俺が剣を掲げると同時に意図を察し、凡人には不可能な精度で剣に氷結魔法を当ててきた。


 更に言うと、俺の身体能力が高かったのはテンタクルス出現直前まで、彼女の魔力を吸い取っていたからだ。


 あのサポートがなければ、あそこまで鮮やかにテンタクルスを討伐することができなかっただろう。


 俺の周囲には男女ともに冒険者が集まっている。俺はテレサがどこにいるか気になり周囲を見回すのだが……。


「またまた謙遜を! あんな鋭い剣技見たことないぞ。瞬きするほどの間にテンタクルスが輪切りになっていたもんな」


「あのパワーも素敵よ。重量を乗せたテンタクルスの触手攻撃に押し負けてなかったもの。きっと下半身も鍛え上げられてるんでしょうね?」


 俺の悪い噂が払拭され、女性冒険者がしなだれかかって胸を押し付けてくる。


 ――パタン――


 ドアが閉まる音が聞こえた。


「いや、今回の功労者は本当に俺じゃないんだっての!」


 周囲に言って聞かせるが、目の前の酔っ払いどもは俺の話を聞き流すと、テンタクルス戦について話続けるのだった。







「ここに、いたのか……」


 他の冒険者たちが酔いつぶれ、ようやく解放された俺は、外に出るとテレサを発見した。


 彼女は宴会が始まってすぐ宿舎を抜け出したらしく、テラス席に座って外を見ていた。


 空は明るくなり始めており、夜と朝の境目が曖昧になる。

 テレサは半ばまどろんだ顔をしてその光景を見ていた。


『ガリオン、何しにきたのですか?』


 普段よりも簡潔にテレサは質問を書く。


 俺は彼女の正面に座ると、両手に持っていたコップの片方を彼女の前に置いた。


「まだお前さんとの約束を果たしてないからな」


 テレサが驚きの表情を浮かべる。


『あの時、適当に言った約束を覚えていたのですか?』


 テンタクルスを狩る前に『この戦いが終わったら、一杯やりましょう』と彼女は告げてきた。


「当たり前だろ。俺は女との約束は守るたちなんでな」


『そうですね、ガリオンはそういう人です』


 明らかに元気がない。テレサはコップを持つと、俺のコップに寄せて乾杯をした。

 ゆっくりと酒を呑む。その姿は寂しくそうで、目の前の少女が見た目以上に小さく見えた。


「その、すまなかった……」


『何を謝っているのですか?』


 テレサは首を傾げる。


「今回の討伐、決して俺だけの力じゃなかった。テレサがいたからこそ被害がでずに狩りを終えることができたのに、他の冒険者はまるで俺だけの手柄みたいに思っている」


『別に、ガリオンが謝ることないじゃないですか? こんなのいつも通りですし』


 本当にそう思っているのなら、そんな顔してこんなところに一人でいるわけがないだろ。


「いや、俺が謝るところだろ。これじゃあ俺はルクスたちと同じだ。お前さんの力を利用して名声を得ている」


 それは何より一番俺が許せないこと。だから周囲の冒険者にテレサの活躍を説いたし、罪悪感にかられているのだから。


 ところが、テレサはふっと笑みを浮かべる。先程までの無感情とは明らかに違う、優しい瞳をしていた。


『やはり違いますよ。だってルクスはあなたみたいな、そんなもうしわけなさそうな顔をしませんでしたからね』


 そう書いた彼女は実に機嫌が良さそうだ。


『私は別に、他の人に認められなかったから、こうしてここにいたわけじゃありません』


「だったら、なぜここに?」


 俺が疑問を口にすると、


『ガリオンを取られてしまった気がして寂しかったんです』


 これまで、テレサが決して見せなかった態度に俺は驚く。


『私は、ガリオンにだけ認めてもらえればそれで満足です。今日も約束を果たしにこうしてきてくれましたし』


 彼女は立ち上がると、ふらふらと俺に近寄ってきて身を預けてきた。

 両腕を背中に回し身体を押し付けてくる。


 お蔭で俺は、全身で彼女の柔らかさを堪能していた。


「ははぁ、お前さん、さては酔ってるな? そろそろ眠い頃だろう? 部屋まで送ってやるぞ」


 ただでさえ狩りをして徹夜明けで酒を呑んだのだ。深夜の妙なテンションになっても仕方がない。


 コクリと頷く。彼女は目を閉じていた。


 やはり限界だったらしく、すぐに寝息を立て始めたテレサの、腰と膝に手を回し持ち上げると、彼女を起こさないように部屋まで送り届けるのだった。


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