第38話 警備をしてみた

「テンタクルス焼きの待ちはこちらが最後尾になる」


 炎天下の中、水着に着替えた俺は列の整理を行っていた。


 燦燦と太陽が降り注ぎ、肌がじりじりと焼けていく。浜辺には大量の観光客が訪れては、名物の『テンタクルス焼』を食べようと大挙して押しかけてきた。


 周囲では、同じく依頼を受けたであろう女性冒険者たちが水着姿で案内をしている。

 警備という名目なのだが、観光地でいかにもな連中が武器を持って警戒をしていては景観を損ねるということで、このスタイルで警備をすることが条件だった。


 途中、すれ違うたびに同じ警備の女性たちが声を掛けてくる。内容は「あっちは問題なし」「向こうで注意が必要な人物がいた」などと、警備に関するものも多いのだが、祭りの雰囲気に浮かれているのか、仕事が終わった後の呑みの誘いもあったりする。


 炎天下の中での作業もそうだが、毎年この仕事で恋人同士になる連中も出るらしく、独身の冒険者は張り切っている様子だった。


 俺はそれらの誘惑を振り切りながら、ひたすら警備の仕事をこなしていく。


 周囲から美味しそうな匂いがして、ときおりお姉さんからかき氷や串焼きを勧められていただいているが、酒だけは我慢している。


 そんな風に、観光客とも仲良くしていると……。


 おそろしい怒気に満ちた魔力が発生しているのを確認した。


 視線を向けると、そこには地元のマスコットキャラクターの『テンタ君』の着ぐるみがいた。


 全部で十本ある触手がうごめいており、実に気持ち悪い造りとなっているのだが、信じがたいことに子供に人気があるらしい。


 あの着ぐるみは魔力に反応するらしく、着るのは魔法使いだと決まっている。


 子どもたちにどつかれたりしながら、プラカードを掲げ、視線だけは決してこちらからそらそうとしない。


 この炎天下の中、着ぐるみを着せられ魔力操作までさせられるよりはましだったなと考える。


 結局、俺たちの警備担当時間が過ぎる夕方まで、その着ぐるみは俺を睨み続けるのだった。




「ぷはっ! 汗掻いた後の酒は美味いなっ!」


 あれから、仕事を終え、汗を流した俺たちは宿舎を出て屋台で食事をしている。


 祭りも夜の部へと突入しており、酒で酔っ払う大人や、遊戯系の屋台を楽しむ子どもを連れた家族連れなどで賑わいをみせていた。


「最初は渋っていたが、警備の後でこうして屋台を巡れるのも悪くないな?」


 酔っ払いや迷惑を掛ける客がいた場合は働かなければならないが、その代わり警備の仕事をしている者が身分証を見せれば屋台の料理が半額となる。


 昼間は酒が呑めなかったからか、テンタクルス焼きが実に美味しく感じた。


 先程から俺が話し掛けているのに、目の前の人物は一心不乱に食事をしている。どうやらかなり機嫌が悪いようだ。


 やがて、彼女はエールを含み、料理を流し込むと『ガリオンばかりずるいです』とでも言いたそうに俺を睨みつけてきた。


「仕方ないだろう、着ぐるみを動かす魔法使いは必要だったし、俺だって警備の仕事をしていただけだ」


 そう、あの『テンタ君』の中に入っていたのはテレサだった。


 前日の夜、翌日からの警備担当を決めることになったのだが、誰もが嫌がる仕事が『テンタ君』だった。


 俺はその仕事をテレサに割り振ったのだ。


『私があの着ぐるみの中で、何度子どもに蹴られたかおわかりですか? 途中頭が沸騰しそうになり、危うく触手を凶器に変えてガリオンに襲い掛かろうとして思いとどまりました』


 既に沸騰していたのではないかと思ったのだが、思いとどまってくれた当たりテレサにも理性が残っていたようだ。


「だから言っただろ、後悔するってさ……」


 きつい仕事を押し付けたのは俺だが、そもそも依頼を強行したのはテレサ。自業自得なのだ。


 彼女は押し黙るとしばらく考え、


『明日は変わってください』


 そんな要望を伝えてきた。


 恨めしそうな視線が俺に注がれ続ける。普段から俺はテレサに甘い部分があるので、このような目を向けられると非常に弱いのだが……。


「駄目だ。交代はできない」


 ショックを受けたのか、ハンマーでぶん殴られたかのような顔をするテレサ。それだけ俺の返事が意外だったのだろう。


「俺はこの依頼を受ける時に止めた。それを破ったんだから自己責任としてちゃんと仕事をまっとうするんだ」


 ここで甘やかすのは本人のためにならないし、今のこいつを野放しにするのはありえない。


『ほ、本当に、このまま働かないといけないのですか?』


 手を伸ばし、腕に触れる。心が揺れそうになるが、すべてはテレサのためなのだ。


「ああ、依頼が終わるまでこのままだ」


 表情を変えることなく、俺が告げると、彼女は手を引き……。


『わかりました。もういいです』


 席を立つと、一人で宿舎へと帰っていくのだった。








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