第37話 炎天下の中立っていた

「私としましては、こちらの港街で開かれる『深海祭の警備』依頼を受けて欲しいんですけど」


「いやーはっはっは。それって祭りの雰囲気を損なわないように着ぐるみ着てやるやつだろ? この猛暑にそんもの着たくないんだが?」


 冒険者ギルドにて、俺は受付嬢と額をぶつけ合わせながら交渉をしている。


「俺としてはこっちのAランクモンスター討伐の方を受けたいんだけどなぁ?」


「そちらは、別なAランクパーティーさんと交渉している最中です」


 前の依頼から一週間が経ち、そろそろ財布も軽くなってきたのでここらで新しい依頼でもと考え、冒険者ギルドに顔をだすなりこうなった。


 俺が強引に仕事を受けようと書類を奪いサインをしようとしていると、


 ――グイッ――


 後ろから強い力で引っ張られた。


「何だよ? テレサ」


 こんなことをしてくるのは俺の相棒にして魔法少女。ついでにSランク冒険者の肩書きを持つテレサしかいない。


『このAランクモンスター討伐は遠方で特に美味しい依頼ではありません。それに対して港町までは馬車で数日ですし、海の幸も美味しいかと思います。この依頼が並んでいたら普通こっちにしません?』


 彼女は首を傾げると俺をじっと見上げてくる。


「いや、俺は暑いのは嫌いなんだ。そんな依頼を受けるくらいならAランクモンスターを大量に相手した方がましだな」


 適当に理由を告げ、テレサの追及をかわすのだが……。


「おいっ! 何をするっ!」


 俺の言葉を聞くなり、テレサは警備依頼を請負うサインをしてしまった。


『別に良いではないですか、こちらの方が収入も上ですし、ガリオンはお金がないのでしょう?』


 それを言われると弱い。俺は内心の複雑さを押し殺す。


「で、では。こちらの依頼は下げさせていただきます。港街には祭りの数日前には入って代表の方の指示を仰ぐようにしてくださいね」


 受付嬢は満面の笑みを浮かべるとそそくさといなくなった。今度埋め合せに酒につきあわせてやる。


「まったく、勝手に決めるとは……」


 俺はテレサを非難する目で見ると……。


『海の幸やら祭りと楽しい仕事になりそうですね』


 そんな上機嫌な表情を浮かべるテレサだが、現地に着いた時にどんな顔をするのかと俺は考えていた。





 潮の甘い臭いが鼻をくすぐり、カモメの鳴き声が耳を打つ。太陽がさんさんと輝き、波の音が響く中、俺とテレサは港街の浜辺へと到着していた。


「えー、今回は『深海祭』を盛り上げるために集まってくれてありがとう。この祭りが始まってから実に78年の歴史があるわけだが、規模が年々拡大してきて今では他の街からも多くの人が集まるようになっている。毎年それなりにトラブルが発生しているが、今年も滞りなく行事を終えられるように協力頼みます」


 壇上に立つのはこの街の代表の男で、日に焼けた黒い肌をしている。この辺りは太陽の光も強く、すぐに肌が焼けてしまうのだろう。


 そんな中、俺たちを含む運営スタッフとして集まっている冒険者たちは汗をだらだら流しながら整列して話を聞いていた。


「つきましては、今回の運営に当たっていくつかのルールをここで読み上げたいと~」


 テレサなどは、既にふらふらになっており俺の背中に頭を乗せ意識をもうろうとさせていた。

 周囲の冒険者も目の前の男に睨みを利かせている「何もこんな熱い場所でミーティングしなくても良いのではないか?」と。


 だが、このミーティングは実は試験なのだ。イベント当日ともなれば長時間炎天下に身を晒すことになる。それもイベント開催期間は一週間もあり、その間多くの観光客の相手をするという条件付きだ。


 そんな過酷な労働をするのに、この程度で根をあげるような手伝いはいらない。そういう考えなのではないかと思っている。


 もっとも、そんな深いことを考えておらず、地元なので単に暑さに強くて鈍感なだけなのかもしれないが……?


「テレサ、大丈夫か?」


 もそもそと動くテレサは顔を上げると目が虚ろになっていた。そして小さく首を縦に動かすと、また俺の陰に隠れてしまう。


「だから言ったんだよ……地獄だってさ?」


 そう、去年俺は冒険者ではなかったがこの仕事をやったのだ。なので過酷さを知っている。


「それでは少々長くなりましたが、これで説明を終了と致します。依頼を受けていただける方は手配している宿舎の方へ移動ください」


 そう言うと、多くの冒険者がゾンビのような動きでそちらへと向かう。


「ほら、俺たちも行こうな?」


 テレサの身体を支えると、俺は宿舎へと向かうのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る