第36話 半年後のことを語ってみた

「はあっ!」


 俺は気合をいれてハンマーを振るい、壁を破壊していく。


 午前中から数時間かけてこの作業を行っているのだが、終わりの見えない作業に溜息が漏れる。


 離れた場所を見ると、テレサが杖をかかげ、風の刃を生み出し楽しそうに壁を切り刻んでいる。


 今回、俺たちは古くなった建物の解体依頼を受けていた。


 俺としてはモンスターを倒して爽快な気分になりつつ依頼料を受け取りたかったのだが、テレサが『ガリオンの受ける依頼は怪しいです』と拒否してきたのだ。


 結果、今回はテレサが選んだ依頼を受けるということになったのだが、まさか俺が解体作業をする羽目になるとは……。


 俺は解体用のハンマーを見る。それなりに硬い金属でできているので振るえば壁も砕けるのだが、本気を出して剣を振るった時程効率はよくない。


 とはいえ、大切にしている愛剣で斬ろうにも、何かの拍子に欠けてしまったり、力の入れ方をミスって折れてしまっては目も当てられない。


 その点、テレサはいつものように魔法を振るえばよいので、楽々と壁を破壊している。


 壁などが細かくなって舞い上がり、大半は庭へと落ちていく。


 中には細かくなり過ぎた木くずなどがあり、上空からゆっくりと落ちてきた。


 明らかに破壊を楽しんでいて、軽快に壁を吹き飛ばしていく様を見ていると……。


 くるりとこちらを振り返り首を傾げる。


 『何を見ているのですか?』とばかりに視線で訴えかけてきた。


「テレサ、頭に木くずが積もってるぞ」


 細かい木くずがテレサの綺麗な髪にくっついている。

 彼女は俺の言葉を聞くと両手を頭上に持っていき、木くずを払い始めた。


『どうですか、とれましたか?』


 俺に聞いてくる。だが、見えていないせいか取り切れないようだ。


「いいからじっとしてろよ?」


 ハンマーを床に置き、俺は彼女に近付くと木くずを一つずつ摘まんで捨てていく。


 至近距離から見上げられ、じっと俺の動作を観察しているのだが、されるがままになっているテレサはどこか嬉しそうに見えた。


「とりあえず、目につく木くずはとったけど、もう少し大人しく破壊した方がいいぞ。でないとまた汚れるからな」


 俺がそんな忠告をすると、


『ガリオン知っていますか。この建物を壊した後、ここに何が出来るか?』


 ふと話題を変えてくる。


「いんや、随分古い建物だし、単に危ないから取り壊しになったんじゃないのか?」


『実はこの依頼、この土地を買った新婚夫婦さんからなんですけど、子供ができたので新築するらしいんですよ』


「ほぅ、そりゃ幸せなことだな……」


 今のうちに新居を用意して出産してすぐに赤子を新居に迎え入れたいと告げていたとテレサから聞かされた。


『私たちの仕事が誰かの幸せに繋がっている。そう考えると楽しくなりませんか?』


 それが、彼女が楽しそうに破壊活動をしていた元だったらしい。


「俺が考えているのは、この面倒な仕事を早く終わらせて一杯ひっかけたいってことくらいだな」


『あなたは本当にもう、わかってくれるとは思いませんでしたけどね……』


 欲望に忠実な言葉に、テレサはじっとりとした視線を向けてくる。


「だが、まあ。金になる依頼をくれる依頼人は嫌いじゃない。そうだな……あと半年もしたらポワポワ鳥でも狩りに行って差し入れてやるとするかね?」


『ガリオン……あなたって人は……』


 テレサがそう文字を紡ぐ。ポワポワ鳥というのは御祝い事の際に振る舞われる料理に使われる食材で、今の俺の言葉はその新婚夫婦に生まれてくる赤子を祝うと告げていたからだ。


 基本的に嫌なやつは不幸になればいいと思っている俺だが、新しい命を大切にしたいと思っている。


 そんな話を聞かされたら祝わずにはいられないだろう。そんなことを考えてていると……。


『あなた、半年後も私に付きまとうつもりなのですか?』


 テレサが文字を書くと距離を取っている。その反応は俺が想定していたものとまったく違っていたので、俺は苦い笑いを浮かべた。


「俺以外の男の元へ行くのか?」


 真剣な表情を作り大げさな声を出して見る。

 こうやってふざけて呆れさせるまでが俺とテレサの程よい距離感というやつだからだ。


 ところが、彼女はじっとを俺を見て近付いてくると……。


『まあ、半年後、お付き合いしますけどね』


 そう書き残して仕事へと戻っていくのだった。

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