第32話 屋根に登ってみた
「今回の依頼達成報酬になります」
近隣の街に出現するモンスター討伐を終えた俺たちは、カプセの街に戻ると依頼達成の報告をしていた。
Aランク相当の依頼に偏っていたようだが、お蔭でこちらも稼ぐことができ、懐が暖まったので言うことはない。
またしばらくの間は裕福な生活を送ることができる。
「それにしても、後一週間はかかるとばかり思っていましたが。ガリオンさんってそうとう優秀なのではないですか?」
流し目を送ってくる。カウンターに上半身を乗せ、胸元を強調してきたことから、ふたたびハニートラップを仕掛けてきているのだろう。
だが、二度も同じ手を食う俺ではない。さりげなく開かれた胸元を凝視する程度に留め様子を窺っていると……。
――ガンッ――
何者かにかかとを蹴られた。
「俺とテレサが組んだ結果だ。こいつの魔法が的確だからこそモンスターを討伐するのに大して時間がかからないんだよ」
視線を向けるとテレサが目を逸らして不機嫌そうにしている。急いでモンスターを討伐して回ってるから疲れたのだろう。漂うオーラが『早く休みたい』と告げているようだった。
「もし良かったら、今度一緒にお酒を呑みに行きませんか?」
テレサの不機嫌に気付くことなく、誰もが見惚れそうな笑みを浮かべ、俺を誘惑してくるのだが、この状況でデレデレするわけにはいかない。
「すまんな、そのうち機会があったらな?」
俺は受付嬢の誘いを泣く泣く断ると、テレサの背を押し、宿へと引き上げていくのだった。
――トントントン――
屋根の上で金槌を振るい板を釘で打ち付けていく。
先日まで冒険者の依頼をこなしていたので今日は休暇なのだが、俺は朝から作業をしていた。
「すみません、屋根の修理をしてもらっちゃって」
屋根に出る窓から給仕の娘が顔を出す。
「このくらい構わないさ。俺にも利があるわけだし」
昨日、晩飯を食っている最中に「最近、雨漏りする部屋があって、修理しないといざとなった時に使えないんですよね」と話を振ってきた。
その部屋と言うのが俺が泊っている部屋だったので、修理をかってでたのだ。
勿論タダと言うわけではない。
俺が修理する代わり一週間分の宿泊費を免除してもらう約束になっている。
「これ、差し入れです」
そう言ってバスケットを見せてきた。俺は金槌を置くと、彼女からバスケットを受け取る。
中には水筒に暖かいお茶が入っており、揚げパンが二つばかり同梱されていた。
「今日は天気もいいし、風が気持ちいいな」
既に修理を終えているので、周囲を見回した俺は近くに建つ他の建物を見た。
すると、向かいの建物の窓からこちらの様子を窺っている者の姿が見えた。
パジャマ姿のテレサだ。
休日ということもあってか、昼前のこの時間にようやく目が覚めたのだろう。
俺が手を振ると、テレサは部屋の奥へと引っ込んでいった。
「なんだ、無視された?」
憤慨してみせるが、彼女は元々あんな感じなので仕方ない。
しばらくぼーっと街並みを眺めていると……。
――トントントン――
屋根に出る窓口からテレサが顔を出した。
テレサは無言で出てくると俺の傍まできて座る。そして、俺のことをじっと見てきた。
「ん、これか? これは屋根の修理を頼まれたんだよ」
金槌を見せ、俺がなぜ屋根に登っているのか説明をする。
首を縦に振る。どうやら理解したようだ。
「そうだ、宿の娘から差し入れもらったんだけど、食うか?」
揚げパンを見せると、テレサは首を縦に二回振った。
ぼーっとした表情で空を見上げながら二人で揚げパンを食べる。
冒険中と違って平和な時間がゆっくりと流れていく。さらさらと髪が流れ、一心不乱に揚げパンを食べてるテレサを観察する。
『どうかしたのですか? こちらを見ていて?』
見ていたことに気付かれたので、文字が書かれた。
「あまりにも幸せそうに揚げパンを食ってたからな。そんなに好きなのか?」
ここ最近で一番表情が緩んでいる。パジャマ姿でこんな屋上で緩んだ表情を見せられたら疑問が浮かんだ。
テレサはしばらく無言でいると、
『ええ、私は揚げパンが大好きなんですよ。知りませんでしたか?』
そう告げてくる。
「他にも美味い物なんていくらでもあると思うけどな……。変わったやつだ」
俺がそう答えると、彼女は笑い。
『そう言うところがガリオンは駄目だと思います』
いきなり謎の罵倒をしてくると、水筒からお茶を注ぎ一息吐くのだった。
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