第31話 (テレサ)観察してみた

          ★


 ふかふかした柔らかい布団と、ちょうどよい高さの枕の感触を感じる。


 私は目を覚ますと、周囲を見回した。


(どうしてここに?)


 ここは依頼を果たすために借りていた隣街の宿の部屋で、ハンガーには私のマントがかけられている。自分の姿を見ると、着ていた服のままとなっており、皺を見て少し不満を抱いた。


(そう言えばあの後、眠りに落ちてしまったんですね)


 モンスターを討伐する際、魔力を使いすぎてしまったのか、途中で力尽きてしまった。


 ガリオンの動きが、私の魔法を最大限に活かすものだったというのが大きく、これまで全力を出せなかったこともあり、たがが外れてしまったのだ。


 その後、魔力が尽きた私は、ガリオンにおぶられて街へと戻り、目覚めぬままにこうしてベッドに運ばれたということだろう。


 ベッドから起き上がるとスリッパを探して履く。そのまま部屋を出ると併設してある酒場へと向かった。


「おっ、やっと起きたのか」


 私が顔を出すなり、ガリオンが声を掛けてくる。

 鎧を外してラフな格好をして寛いでおり、目の前には美味しそうな料理が並び、酒が注がれたグラスをもっていた。


「ほら、メニューだ」


 私がガリオンの隣に座ると、メニューを差し出してくる。


 流し読みして、酒とサラダなど野菜を中心の料理名を指差す。


「注文いいか?」


 手を上げて給仕を呼び注文する。声が出せない私にこういう気遣いを自然としてくれるのがガリオンの良いところだ。


 これまで、様々な人間とパーティーを組んで、そして疎まれてきた。


 原因は呪いのせいで声が出ないことだった。


 同情してくる人間もいるのだが、根掘り葉掘り聞き出そうとしたり、私の身体目当てで優しい言葉を掛けてくる者もいる。


 私はそう言った相手に対し、そっけない対応をするのだが、次第に疎まれて戦闘スタイルにもケチを付けられ始める。


 私の攻撃魔法が彼らに当たったことはなく、魔法をばらまくことで敵を牽制しているので、敵の戦力を大きく削いでいるのだが理解されたことはない。


 たとえ説明を試みても、流動的な戦況をすべて覚えている者もおらず、結果として理解してくれる人はいなかった。


「しかし、お前さん。サラダとチーズドレッシング好きだよな?」


 だけど、目の前のガリオンは理解してくれた。


 日頃の言動には辟易している。エッチだし、変態だし、意地悪だったりもする。

 だが、本当に嫌がることはしてこないし、私が声を発せない件についても自分から聞いてきたことはない。


 むしろ、さりげなく助けてくれたりするし、その強さも含めて信頼はしている。


「それじゃあ、今回のモンスター討伐お疲れ!」


 給仕が運んできたグラスを受け取ると乾杯をする。


「くぁー、働いた後の一杯はたまらないぜ!」


 宿の安酒一杯で何とも幸せそうな顔をする。こうしてみると、とても凄腕には見えないのだが……。


 私はくぴくぴとお酒を呑む。ガリオンはエールなど苦みのあるお酒が好みのようだが、私はフルーツリキュールを使ったお酒が好みだ。


 口の中に広がる甘味とアルコールが染みわたって身体が熱くなる。空腹の状態でお酒を口にしたので身体がふわふわし始めた。


 そんな私を、ガリオンは優しい目で見ていた。普段は厭らしい目で見てくる彼だがこういう視線を向けられている時は嫌ではない。


 ガリオンは目の前にある赤いソースがかかった料理をスプーンですくうと、


「これがまた酒に合うな」


 とても美味しそうに食べていた。


「ん、お前さんも食べたいのか?」


 じっと見ていたことで私が欲していると思ったらしい。ガリオンはいつも私の表情を読み取ろうと観察している。


 今回は外れなのだが、彼の良い気分に水を差す必要もあるまい。


 私は口を開け、美味しそうな赤い料理を食べさせてくれるのを待っている。


(!?!??!??!??!)


 次の瞬間、口の中に辛みが……いや、痛みが発生した。

 燃えるような辛さが舌を刺激する。


 先程までのほろ酔いも吹き飛び、突然の事態に頭がぐるぐると回り始めるのだが……。


「ほら、落ち着いて水でも飲め」


 彼が差し出したコップを受け取ると、一気に水を飲み干した。

 まだ舌がひりひりするので、私は魔法で生み出した氷を口に含むと辛さが消え去るまで耐えている。


「これ、この店のオリジナルソースらしくてな。あまりの辛さに、美味しいんだけど注文されない料理らしいぞ」


 楽しそうにそう言いながら口にするガリオン。そう言うことは早く言うべきでしょう!

 よく考えると、水を渡すタイミングが随分と早かった。おそらく私がこのような反応をするのを見越していたのだろう。


 私は彼を睨み付ける。


「ほら、こっちのお菓子は甘いからこれでも食って口直ししろよ」


 そう言って私に甘い物を勧めてきた。私はそれを食べてほっと一息吐くと、


(やはり私はこの男が嫌いなのかもしれません)


 いつも想定外なことばかりする捉えどころのないガリオンを睨み付けるのだった。


          ★

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