第18話 理由を聞いてみる

『先程のあれは何だったのですか?』


 向かいに座っているテレサは、唐突に質問をしてきた。


 あれから、盗賊たちを連行し近くの街を訪れ、財宝を山分けにして懸賞金をもらった。


 財布が潤ったので、祝杯と称して酒場を訪れた俺たちはメニューを片っ端から注文してそれらを平らげ、酒を呑んでいるところだったのだ。


「あれって、どれだ?」


 既にテレサは酔っているのか半眼になり俺を見ている。


 彼女が空中に書いた文字を消すのだが、かすかに吸い取る魔力が極上の御馳走なのでついつい手を伸ばしてしまう癖がついていた。


『盗賊が放った魔法を受け止めた時のことですよ!』


 どうやらテレサには酒を自重するブレーキが欠けているらしい。先日も大量の酒を呑んでは翌日頭痛に悩まされていた。


 俺はさりげなく酒を勧めるふりをして水を注ぐと、彼女の質問に答える。


「俺が魔力を吸収することで身体能力が上昇する特異体質だと言ったよな? あれは実は魔法となって放たれている魔力でもいいんだよ」


 両手で水が入ったコップを持ち、こくこくと頷きながらそれを飲む。


「魔法は魔力を自然界の現象に変えて放つだろ? 火や水や風なんかの魔法なら、放たれた直後はまだ魔力のままだから余裕で吸収できる。氷や土なんかは放たれる前に物理現象になってるから無理だな」


『ですが、あなたは剣で受け止めてそのまま火を操ってましたよね?』


 さらに追加で文字を書く。


「受け止めた状態でならその属性のまま操ることもできるな。長時間は無理だが、疑似魔法剣みたいなことも可能だ」


 指先から火を出して見る。

 これは先程の盗賊が放った魔法の魔力を利用しているのだが、結構時間が経っているのでこの程度の火しか再現できない。


『なるほど……そういうことでしたか』


 納得した様子を見せるテレサ。ふと彼女と目が合うと続いて書き始めた。


『あなたは……私に質問はないのですか?』


 唐突な質問に、俺は彼女がどのような意図を持っているのか目を見る。


『これまで、多くの人が私に問い掛けてきました『どうして喋らないのか?』と。ですが、これだけ一緒にいてもガリオンは一度も聞いてきません。どうしてでしょうか?』


 質問をして良いのはこちらのはずなのだが、結局これもテレサの質問となっていた。


「気にならないわけじゃないけどな、こういう質問は相手の傷を抉っちまう場合がある。俺なりに配慮したつもりなんだぜ?」


『意外です、ガリオンがそのような神経を持ち合わせていたなんて』


「随分と好き放題言うようになったな?」


 これまで、毎回おたついていたテレサだが、酒を呑むと動じなくなるのか、口元を隠しクスクスと笑って見せる。


 酔っているとはいえ、このような笑顔を向けられたことがなかった俺は、その綺麗な顔をまじまじと観察した。


「それで、その質問には答える気があるのか?」


 これまではテレサも俺も一線を引いていたが、この質問をして答えるということはお互いの内面に一歩踏み込むことを意味する。


『ええ、構いません』


 そう書くと、彼女は自分が言葉を発さない理由について長文を書き始めた。






「……なるほど、幼い日に受けた呪いのせいで言葉を出せなくなった、と?」


 テレサは真剣な表情で頷く。随分と長く説明をされたのだが要約するとそういうことらしい。


『私は冒険者を続けながら、自分の呪いを解く方法を探しています。ですが、いまだにその方法に手が届いていないのです』


 テレサは自分が冒険者になった理由を俺に教えてくれた。


「そんな方法があるのか? 呪いを掛けたやつをぶっ殺すとかなら手っ取り早いかもしれないが」


 彼女は首を横に振ると、


『既に殺しました。だけど、呪いは単独起動の魔法らしく、殺したところで解けなかったのです』


「なるほどね……」


 俺が読み終えた順に文字を消していると右手を彼女の両手が包み込んだ。


『ガリオン、私とこれからもパーティーを組んでいただけないでしょうか?』


 熱に浮かれた様子で瞳を潤ませて俺を見ている。この表情に俺は覚えがある。


 酒場で知り合った女性が一夜の関係を迫ってくるときに良くするもの。どうやらテレサは俺の強さに参ってしまったらしい。


「それは、俺と正式なパートナーになりたいって意味か?」


 俺が聞き返すと、彼女はきょとんとした顔をする。


『いえ、そっちに関しては冗談ではありません。御断りさせてください』


 パッと手を放すと、慌てて文章を書き、両手を振って拒絶してくる。


『私の呪いを解くのに多くの資金が必要かもしれませんし、呪いを解く道具を得るためには今回みたいな荒事に首を突っ込まなければいけないかもしれません。普通の人間であれば、巻き込むのに良心の呵責を覚えますが、ガリオンならいいかなと思ったもので……』


「ず、随分と俺のことをかってくれているようだな?」


 ようは暴力要員として囲っておきたいだけではなかろうか?


「その口説き方で、俺がうんと頷くと思っているのか?」


『あなたは頷きますよ』


 テレサはクスリと笑って見せると、


『それが、ガリオンという人物らしい行動ですからね』


 打ち解けた様子の彼女を見て「良くわかってるじゃないか」と答えた。

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