第10話 ニューゲーム③
ラーメン店は穴場と言うだけあって、並ぶこともなくすんなり入店することができた。少し色が黄ばんだ券売機で食券を購入し、入り口奥のテーブルへ腰を下ろす。良く冷えた水を受け取りながら食券を提出した数分後には、香ばしい醤油の匂いがするラーメンが到着した。二人で同時に麺を啜る。……これは。
「タケル。この店は、ガチだな」
「やばいな。学校からも近いし、ヘビロテ確定」
二人で黙々とラーメンに舌鼓を打っていると、店の入り口がカラカラと鳴った。
「いらっしゃいませ!」
店員の声に何となく入り口を眺めた俺は、思わず麺を吹き出しそうになった。
「ごふっ!」
「おおっ? どうした
「あれ……」
つい指を差す。タケルが後ろを振り返った先には、食券を購入している
「あ、委員長じゃん。おーい」
タケルは当然のように声をかけた。マジかコイツ。タケルのコミュニケーション能力は、凄すぎて時々恐ろしい。名瀬はこちらを見てしばらく不思議そうな顔をしていたが、ふと何かを思い出したように手を叩いた。
「そこ、座っていいか?」
「もちろんっす!」
「うい、サンキュー!」
名瀬が俺たちのテーブルまで来た。大柄な外見も相まって、その歩き方には威圧感がある。本人には、そんな気は一切無いのだろうが。
名瀬はタケルの隣へ座ると、背負っていた鞄を床に下ろした。早くも打ち解け始めている二人に対し、俺は疎外感を覚えて肩身が狭くなった。それからは、名瀬の「自己紹介は、麺が伸びるから後にしよう」という提案に乗って、俺たちは三人で黙々と麺を啜った。
「二人とも同じクラスだろ。俺、昔から人の顔を覚えるのは得意なんだ」
名瀬は遅く来たにも関わらず、一番初めにどんぶりの中身を空にした。俺とタケルは残ったスープをレンゲで飲みながら、お互いの自己紹介を済ませた。
彼は、今年で二十一歳になる元大学生とのことだった。どことなく貫禄があるのはそのためだろうか。ゲームのやりすぎで単位が足りなくなったと、冗談っぽく話していた。
「へー。中学の同級生で一緒にで入学したのか。珍しいな」
「やっぱり珍しいんすかね? 学校に来る時も、なんか周りからの視線を感じて」
タケルは話しながら、湯気で曇った眼鏡を拭いている。俺もタケルも、年上の名瀬に対しては何となく丁寧語で話していた。
「多分な。ちょろっとクラスの奴らと喋ったけど、友達同士って奴はいなかった」
式が終わった後の教室で、名瀬の周りに人だかりが出来ていたことを思い出した。確かに、名瀬は見た目こそ多少高圧的な感じがあるものの、話してみれば快活で人当たりのいい好青年だ。こういう人物が輪の中心になるのだろう。
そういえばと、入学式の出来事について尋ねてみた。
「名瀬さん、さっき
黛の名前が出た途端、それまで陽気に話していた名瀬の表情が曇った。思わぬ地雷を踏んでしまったかもしれないと、場に緊張が走る。
「さっきまで、しっかり怒られてきた……。あの先生、グサグサくる言葉を淡々と刺してくるからエグいぞ。お前らも気を付けた方が良い」
黛が椅子に座り、床に正座した名瀬へネチネチと説教をする情景が目に浮かんだ。名瀬は機嫌を損ねたというより、トラウマを思い出して意気消沈しているようだ。これなら笑い話にしても問題ないだろうと、もう少し掘り下げてみる。
「言われなくても、普通しないですって。なんであんな事したんですか?」
名瀬は空になったコップに水を注ぎながら、当然のように答えた。
「面白いと思ったから。お前らも水いるか?」
タケルが「あ、お願いします」とコップを差し出す。トクトクと透明な液体が注がれていく様を見ながら、俺の胸には一つの思いがあった。
コイツも、『面白さ』のためには選択を厭わない人間だ。
名瀬の中には選択肢があったはずだ。無難な挨拶で済ませるか、アドリブを行うか。そこで、彼は後者を選択した。理由は「面白いと思ったから」。自分と同じく、人生を面白くするために決断できる人間を目の当たりにして、俺の中に唐突な対抗意識が芽生えた。
「水口も、いるか?」
名瀬と目が合った。「お前らには絶対負けないから」と自信満々に言い放った彼の表情が、脳内にフラッシュバックする。
「いや、大丈夫です。それより、名瀬さん」
「ん、どした?」
俺はここで、この発言をしよう。俺の人生を面白くするために。
「負けませんよ。この学校で一番面白いゲームを作るのは、俺です」
名瀬と、ついでにタケルも、キョトンとした顔をしている。それはそうだろう。いきなりこんなことを言われても、普通は意味が分からない。しかし、次の瞬間に名瀬は大声で笑い始めた。
「カッカッカ! お前、面白いな!」
相変わらず、何が面白いのか分からないという表情をしているタケルの隣で、名瀬は注いだばかりの水を一気に飲み干した。
「あんな挨拶でも、やってみるもんだな。お前らみたいなのがいるなら、この学校生活も楽しめそうだ。いいぜ。お互いに切磋琢磨して、しのぎを削ろうや」
名瀬は席から立つと、床に置いた鞄を拾い上げた。
「それから同級生なんだし、敬語もさん付けもしなくていいぜ。どうしても付けたいなら、
「分かった。俺も春斗でいいよ」
俺が頷くと、タケルもすかさず「俺もタケルで大丈夫っす!」とカットインしてきた。名瀬はカッカッカと特徴的な笑い声をあげ、「おう、またな」と背を向けて店の外に出て行った。もちろん、カウンターへのご馳走様でしたを忘れずに。
その後、俺とタケルはお互いすぐに帰宅した。どこかへ遊びに行っても良かったのだが、タケルが新しく見つけた面白いゲームとやらを各々の家からオンラインで遊ぶことにしたのだ。タケルの言う「面白いゲーム」は信頼度が高い。
二人でゲームを遊び始めて、気づけば数時間が経過していた。カーテンを閉じているので分からないが、おそらく外では夕日が沈んでいる頃だ。
「やっぱ面白かったな、このゲーム。今から飯休憩とって、夜またやろうぜ」
「いや、また夜更かしになりそうだし、明日の授業に備えて今日は止めとく」
俺は一考し、タケルの誘いを断ることにした。明日は朝一で授業が入っている訳ではないが、クリエイターへの第一歩を寝ぼけた頭で迎えたくなかった。
「あー、まあそうかー。確かになあー」
タケルの声は、それだけで分かるほど露骨に残念そうだ。きっと彼は、一人でも夜更かししてこのゲームを遊んでしまうだろう。
「悪い。また、週末にでもやろうぜ」
「あいよー。じゃあ、また明日」
タケルとのボイスチャットも終了し一人になった俺は、受け取った教材をデスクに並べながら今日の出来事を思い返していた。
新たな学校。新たな教師。新たな友達。そして、競争相手。まさか、初日であんな奴に会うとは思ってもみなかった。これらも全て、あの日の選択があったからこそだ。
今後も沢山の壁が立ちふさがり、その度に難しい選択を迫られるのかも知れない。きっと中には、正解が困難な道もある。それでも俺は、自分で選んだ人生と、これからの選択を、存分に楽しんでいきたいと思った。
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