第9話 ニューゲーム②
入学式は、名瀬の挨拶を除けばつつがなく進行され、最後に各クラスの担任挨拶の時間が設けられた。
「それでは、担任の先生方は壇上までお越しください」
「あれ? あの人ってさっきの」
タケルの言う通り、ステージの袖から現れたのは、先ほどホールの入り口で教材を配っていたスーツ姿の三人だった。
「
俺の疑問に答えるかのように、
「皆さんはここへ来る途中、こちらの先生方からそれぞれ教材を受け取ったかと思います。その、あなたに教材を渡してくれた先生が、今日から君たちの担任となります」
「やっぱり。俺らの担任は、一ノ瀬先生ってことか……」
隣でタケルが「なるほど」と手を叩いた。俺は彼女に対して絡みづらさを感じていたので、正直残念な気持ちがあった。とはいえ……。
「つまり俺たち、同じクラスってことだよな」
「あ、そうじゃん!
交友関係を鑑みての、学校側の配慮だろうか。タケルと同じクラスになれたことは、俺も素直に嬉しかった。
「それでは、A組の先生からどうぞ」
俺たちは再びステージに集中した。三人の中で一番右の女性は、黛からマイクを受け取ると、長く艶のある黒髪をなびかせてステージの前に出た。
「一年A組を担任します、
綾瀬は頭を下げてから、ゆっくりと元の場所へ戻った。それら一連の所作からは優雅さすら感じ、雰囲気のある大人の女性とは彼女のことを言うのだろうと思った。
次に挨拶をしたのは一ノ瀬だ。
「一年B組担任の一ノ瀬
彼女の甲高い声は、先ほどの綾瀬と比べると良く言えば活気があり、悪く言えば幼い。
「みんな、気軽に翼ちゃんって呼んでね! よろしくー!」
一ノ瀬はハイテンションに挨拶を済ませると、「どうぞっ」と最後の男性に順番を促した。
「おう。あー、一年C組担任の
大門は、いかにも体育会系というがっしりした体格と短髪で、野太い声がどこか体育教師を彷彿とさせた。ゲームの専門学校でプログラムを教えているのは、言っては何だが似合わない。
三者三様の挨拶が終わり、マイクが黛の司会に戻った。
「はい、ありがとうございました。ついでにですが、僕もゲームプログラミングを教えています。皆さんのクラス担任ではありませんが、よろしくお願いしますね」
彼は長めの髪の毛を鬱陶しそうにかき上げながら、さらりと自己紹介をした。
「では只今を持ちまして、入学式を閉じます。この後は各教室で簡単な説明などございますので、各自クラスのアルファベットが記載されている一階の教室へ向かって下さい」
黛が閉会を告げると、薄暗くなっていたライトが点灯し、ホール全体を明るく照らした。上映後のような雰囲気が、式の終わりを肌で感じさせる。
新入生たちは次々とホールから退場し、黛の指示通りに一階の教室へ向かい始めた。俺とタケルも、入り口の込み具合を見て程よいタイミングで席を立ち、階段を上がった。
一階の教室は扉にそれぞれAからCまでの文字が印刷されていて、どこへ向かえばよいかが一目で分かるようになっていた。
やや重厚感のある扉を押して教室へ入ると、既に沢山の生徒が疎らに着席していた。その中で一か所、人だかりの出来ている場所がある。よく見ると、先ほどの式で大胆不敵な挨拶をかました
「あいつも同じクラスだったんだな」
俺は隣のタケルに話しかけたが、返事がなかった。
「タケル?」
やや既視感を覚えながらタケルの視線の先を確認すると、案の定、そこには
「春斗だけじゃなく、双葉さんとも同じクラス……。俺、今日で運使い果たして死ぬかも」
おそらく、俺たち三人は説明会の時に交友関係を知った畠山の計らいで、同じクラスになったのだろう。タケルは本当にこの世から旅立ってしまいそうなほど幸福感に満ちた顔をしており、名瀬のことなど眼中に無いようだ。
「……とりあえず、座るか」
前方の大きなホワイトボードには、右上の席から横方向へ、五十音順に生徒の名前が記されていた。教室のテーブルは三人ごとの席で区切られていて、その間には歩いて通れる程度の間隔が空いている。相葉タケルは一番右の先頭、双葉愛は中心やや後ろ、水口春斗は右側の後方が指定の席だ。
俺たちが着席して間もなく、一ノ瀬が勢いよく扉を押して入室してきた。
「はいはい、みんな席に着いてねー」
一ノ瀬は全ての生徒が席に着いたのを確認すると、改めて自己紹介をし、それから明日以降の授業について説明を始めた。
ブレスクリエイトの授業は一コマが五十分。コマの割り振りは学校側で調整されていて、日によっては午後から授業が始まることもある。必須の持ち物はノートパソコンと回線接続用の
「ま、こんなもんかなー。何か質問はあるかな?」
まだお互いを探りあっているような雰囲気の教室で、手を挙げる者はいなかった。
「大丈夫そうだね。それじゃあ最後に、クラスの委員長だけ決めて解散にしちゃおうか。立候補する勇者はいるかなー?」
この時、クラス全体の意識が一人の男へ集中したのを感じた。そして、彼はそれに応えるように堂々と手を挙げた。
「誰もいないなら、俺がやります」
「お、流石だねー、名瀬くん。他に立候補する人はいないかな?」
一ノ瀬はさっと教室を見渡した。
クラス委員長など別にやっても構わない。ただ、どうせ高校の生徒会のように、雑務を押し付けられるだけの損な役回りだろう。俺はそう思い、何もせず成り行きを見守った。
「誰もいないね。はい、名瀬くんに決定! みんな、拍手!」
名瀬は必要もないのに立ち上がり、後頭部を搔きながらはにかんで拍手を受けた。
「おし、今日の授業はおしまい! みんな、明日も寝坊しないようにね!」
最後は名瀬が、さっそく委員長としてクラスの音頭を取り、「ありがとうございました」と号令を済ませて、その日は解散となった。教室から人が少しずつ減っていく。タケルは帰りに双葉へ声をかけようと思っていたらしいが、あっさり見失ったと嘆いていた。
俺とタケルが校舎から出ると、綺麗に晴れた心地の良い青空が広がっていた。ビルに囲まれた街でも、外へ出れば空は必ずどこかでその顔を覗かせてくれる。
「まだ昼だし、せっかくだから飯でも食っていくか」
朝は何も食べていなかったので腹もすいていた。俺が提案すると、タケルが食い気味に「ラーメン!」と答えた。
「実は、昨日の内にチェックしておいた穴場の店があるんだよねー」
それなら、もっと早く言ってくれれば良いのだが……。思う所はあったものの、特に異論もない。俺たちは、タケル一押しのラーメン店で昼食を済ませることにした。
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