第6話 小柄で可憐な乙女③
「あれ、
同じ高校の
「おや? 君たち知り合いかい?」
「同じ高校の同級生です。あ、こいつは違いますけど」
タケルの方を見ると、彼は雷にでも打たれたかのような凄まじい顔をしていた。
「うわっ。え、どうしたのお前」
「ちょっとこっち来い」
タケルに腕を掴まれた。俺を廊下の隅に連れて行こうとしているようだ。一体何があったのだろうか。
「え? あ、ちょっと失礼します」
いきなり二人で離席するのも違和感がある。双葉と畠山に、一応の断りを入れた。
二人からある程度離れたところで、タケルは声を抑えて話し始めた。
「
「何だよ、急にどうした?」
「あの、人形のように小柄で可憐な乙女は、一体どなた……?」
いきなり何言ってんだこいつ。
「乙女? ああ、双葉さんのこと?」
「双葉さん……。お前、あんなに可愛い子を知っておきながら、今まで俺に黙ってたのか」
「いや、お前のタイプとか知らねえけど」
「俺は決めたぞ。絶対にこの学校へ入学する! 男には、引いちゃいけない時があるのだ!」
タケルはどうやら、双葉に気があるらしい。しかし、そんな動機で入学を決めてしまっても良いのだろうか。第一、彼女には想い人がいたはずだ。
「でも確か、双葉さんには」
真実を伝えようとした時、双葉がツカツカとこちらに歩み寄ってきた。思わず口をつぐむ。
「ちょっと。さっきからチラチラこっち見て、何喋ってるのよ。感じ悪いんだけど」
彼女の意見はもっともだ。何と説明したものか。とタケルの方に目をやると、彼は顔を真っ赤にしていた。
「はい、すみませんでした!」
タケルは勢いよく頭を下げてから、俺に鋭い視線をぶつけてきた。
「おい春斗、見学中に話しかけてくるなよ! ちゃんと授業に集中しろ!」
お前が話しかけてきたんだろうが。もう知らねえ。俺は、双葉には憧れの男性がいるという事をタケルに黙っておこうと決めた。
双葉に引き戻された形で元の場所に戻ると、畠山から注意を促された。
「君たち、見学中は静かにね」
口元は優しく笑っているが、その目は俺たちを制するようにじっと見つめていた。
「はい、すみません……」
三人で揃って謝罪した。その後、廊下の窓で横に並んだ際に、双葉の「あんた達のせいで怒られちゃったじゃない」という視線が突き刺さったのは言うまでもない。
真っ白な明るい教室では、黒のジャケットを着た男性が教鞭を執っていた。生徒たちは、男性の発言を紙のノートやノートパソコンを使ってメモしている。
窓から一番近い場所にいた生徒のパソコンを覗くと、画面にびっしりと英単語や数字が羅列してあった。パソコンの表示が切り替わった際にはゲーム画面らしき物が表示され、少し様子を見てはまた元の単語が羅列している画面に戻る。彼は頭を抱えながら、ひたすらにそれを繰り返していた。これがゲームプログラミングという物なのだろうか。
授業で飛び交う言葉は殆どが専門用語のようで、正直何をしているのかは全くと言っていいほど理解できなかった。それでも、悪戦苦闘しながらキーボードを打ち込む生徒たちの眼差しは真剣そのもので、質問の手が挙がれば直ちにそこへ駆けつける男性教師にも真摯さを感じた。
「そろそろ授業も終わる時間だから、見学もこの辺にしておこうか」
十数分ほど経った頃、畠山がそう切り出した。俺たちはその言葉に従い、教室へ向けて静かに礼をしてから、階段を下りて校舎の入り口まで戻った。
「三人とも、本日はありがとうございました。説明会は以上で終了になります」
畠山が改まって礼を述べたので、俺たちも合わせるように頭を下げた。
「こちらこそ、ありがとうございました!」
「気を付けて帰ってね。もし入学を決めてくれるなら、願書の提出もお忘れなく!」
入り口で畠山と受付の女性に見送られ、俺たち三人はブレスクリエイトを後にした。
外はすっかり夕焼けに染まっていた。所狭しと立ち並ぶビル群もオレンジ色に染まっていて、同じ夕方でも地元の街とは全く別の風景が広がっている。
流れのまま会話もなく三人で歩いていると、タケルが沈黙を破った。
「いやー、素晴らしい授業だったな! これはもう入学する以外ないな、うん!」
タケルはチラチラと、双葉の顔色を伺っているようだ。
「そういえば、水口くん達もあの学校に入るつもりなの?」
「もちろんです!」
俺に向けられたであろう質問に、何故かタケルが返答した。双葉を前にして、完全にかかってしまっている。彼は勢いそのままに、説明会の良かった点を一人で語り始めた。
双葉は苦い顔をしつつ、今度はタケルに聞こえないような小声で尋ねてきた。
「水口くんは良い大学にも受かってたでしょ。それとも今日は、そこで騒いでる彼の付き添い?」
騒いでるという扱いはいささか手厳しい気もするが、双葉からすれば、タケルはやたらにテンションの高い変人だ。心証が悪くても仕方がない。
「はは……。いや、俺も普通にゲームクリエイター志望の入学希望者っす。サイトで調べたら、この学校は面白そうだなと思って」
「ふーん」
自分から聞いて来た割に、双葉はあまり興味がなさそうだ。とは言え、このまま会話が終わるとタケルのプレゼンを延々聞かされることになってしまう。一応、話を広げてみるか。
「って言うか、双葉さんもゲームクリエイター目指してたんだ?」
「そう。普通に大学行くのも考えたんだけど、こないだの課外で
そこで飛鳥の名前が出るのか。という事は、つまり……。
「課外の飛鳥さん? もしかして質問の件?」
双葉は頬を赤らめながら、小さく頷いた。
「うん。憧れの彼に近づくために、あの学校に入るつもり」
瞬間、説明会について熱弁していたタケルの声が止み、歩みもピタリと止まった。
あっと、これは……。恐る恐る後ろを振り返ると、タケルは耳を象のように大きくしたままその場で硬直していた。脈がない。十六時三十七分五十五秒。
「あ、そろそろ時間だ」
双葉はそんなの知る由もないという風に、腕時計を見て言った。
「私はママと待ち合わせしてるから、この辺で失礼するわ。水口くんとメガネくんも、またね」
「え? ああ、また」
タケルは双葉の言葉にも動かなかった。ダメージが深刻過ぎて、まだ返事をすることすらできないらしい。双葉は小さく手を振ると、駆け足気味に近くの階段を下りて地下鉄へと姿を消した。
……さて、この亡骸をどうしたものか。取り残された俺は、タケルの肩に手を置いて軽く揺らしてみた。
「タケル、大丈夫か?」
「……春斗」
ひとまず口は利けるようになったらしい。だが、肩に置いた手からはわなわなと震えが伝わってくる。もしかすると、双葉に意中の相手がいると知っておきながら、それを黙っていた俺に怒っているのかも知れない。
「春斗よ」
「……はい」
いつになく神妙な声色で名前を呼ばれ、タケルの怒りを覚悟した。過程はどうあれ、黙っていたのは事実だしな……。
「恋愛は、ライバルが多い方が燃えるよな」
「え?」
「好きな女の子に好きな男がいたくらいで、俺が挫けると思ってるのか」
こいつ、もしかして。
「いいぜ。俺はあの学校に入学して、プログラミングの実力も彼女のハートも両方ゲットしてやる!」
「お前、諦めてないのか?」
「当たり前だろ! そうと決まればさっさと願書提出だ、チクショーーー!!」
タケルは涙を流しながら、人混みの中で夕日に向かって走り出した。コイツのひたむきさには本当に恐れ入る。ただ……。
「おいタケル、そっちは駅と別方向だぞ!」
後日、俺とタケルはお互いに願書を記入し、共にポストへ投函した。これでもう後には引けない。俺たちの人生がゲームだとすれば、間違いなくここでルートが分岐した。
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