第5話 小柄で可憐な乙女②
ブレスクリエイトはその校舎を新宿に構える。関東近郊の寂れた街に住んでいる俺たちにとって、東京のど真ん中に存在する学校というのは、それだけで時代の最先端に立っているような印象を受けた。
タケルとは昼過ぎに最寄りの駅で集合し、そこから電車を乗り継いで都内へと向かった。山手線の人混みは地元のそれとは一線を画しており、「新宿へ通うことになった場合、長く電車に乗らなくてもいいようになるべく校舎から近い賃貸に住もう」と決意した。
初めての新宿駅で真っ先に思ったのは「どこへ行けば良いのか分からない」だった。ブレスクリエイトのホームページには「駅の西口から徒歩七分」と記載があったが、まず西口がどこにあるのか分からない。
「あっちの階段を上がって、そこから左に真っすぐだってさ」
俺がスマホと駅の案内を見比べて右往左往している間に、タケルは駅員から道順を聞いていた。おかげで、新宿ダンジョンからは早めに抜け出すことができた。物怖じせず他人を頼れるのは、タケルの良いところだ。
地上に出てしばらく歩くと、巨大な二つの水ようかんをくっつけたような建物が見えてきた。ホームページでの見覚えもある造形。ここが、ブレスクリエイトだ。校舎は想像以上に大きく、その壁はホームページで見るよりもくすんだ茶色をしていた。創立七年と言う割には、大学のようにどこかレトロモダンな雰囲気を感じさせる。
レンガの花壇に挟まれた短い階段を上ると、右手に「ブレスクリエイト」と彫られた大きな銘板が設置してあった。すぐ先には、屋根付きの入り口も見える。
「間に合ってよかったな。とりあえず、受付しちゃおうぜ」
俺もその意見に賛同し、入り口の自動ドアを抜けて校舎の中へと足を踏み入れた。
まず目に入ったのは、ずっと奥まで続く真っすぐな廊下だ。踏み込むとキュッと音の鳴る灰色のビニル床が、病院を彷彿とさせた。廊下の左右には一定間隔で教室の入り口があり、それぞれの教室には大きなガラス窓がはめ込まれていることで、中の様子を伺うことができるようになっていた。
「こんにちは。見学希望の方ですか?」
左のカウンターから女性に話しかけられた。どうやらここが受付らしい。
「あ、はい。今日の十五時から予約していた、
女性は俺たちの名前を確認すると、「少々お待ちください」とどこかに内線を繋いだ。何となく
「結構キレイだよな」
「受付のお姉さんが?」
「バカ。校舎が」
「あー、確かに。外観は古そうだったけど、中はちゃんとした学校って感じする」
タケルはたまに、サラっと失礼なことを言う。
しばし間をおいて、受付の女性に名前を呼ばれた。
「水口様と相葉様、お待たせ致しました。説明会の予約が確認できましたので、すぐに係の者が参ります」
彼女が案内を言い終えるか否かのタイミングで、廊下の中腹あたりにある扉が開いた。中から登場した男性は、スーツをパリッと着こなし、髪型もワックスで丁寧に整えている。第一印象は、仕事のできる若手サラリーマンといったところか。
「初めまして。担当の
畠山は挨拶もそこそこに、受付のすぐ隣にある「面談室」と書かれた部屋へ俺たちを案内した。部屋の中は、透明なパーテーションを使って、空間を更にいくつかの部屋として区切ってある。しかし、その全てが今は空席だ。
俺たちは一番が割り振られた部屋へ通され、学校設備やカリキュラムについての説明を受けた。中でも、学年一のゲームを競う学内コンテストの話や、就活の一環で実際のゲーム会社に体験入社するインターン制度の話は、大いに興味をそそられた。
「ちなみに、二人はこんなクリエイターになりたい。っていうビジョンは決まってたりするのかな?」
説明もひと段落した頃、畠山がそのような質問を投げかけてきた。頭の中を
「まずはプランナーで就職して、将来的には飛鳥さんより面白いゲームを作りたいです」
素直に今の目標を伝えると、畠山は感嘆したように軽くのけぞった。
「おおー。飛鳥さんを超えるとなると、かなり頑張らないとね。でも、目標を高く設定するのは素晴らしいことだと思うよ!」
飛鳥の名前を出すだけでこの驚きよう。薄々気づいてはいたが、やはりあの人は業界的にかなり凄い人間なのかも知れない。
「じゃあ、相葉くんはどうかな?」
一方のタケルは、腕組みをしながら唸っている。腹でも痛いのだろうか。
「うーん。とりあえず、面白いゲームを作りたいっす!」
なんとも彼らしい、率直な答えだ。畠山は困ったように「あはは」と苦笑いした。
「タケル君。ゲーム業界にはどんな職種があるのか、知っているかな?」
「いやー、知らないっす」
タケルは恥ずかしそうに頭をかいた。まあ、クリエイターになろうと思い立ったのは昨日今日なんだし、職種など知らないのも無理はない。
畠山は「そういう人も沢山入ってくるから大丈夫」とフォローを入れつつ、身振り手振りを交えて職種の説明を始めた。
「まず、水口くんも目指しているプランナー。彼らは、こういうゲームを作りたい、これなら面白いんじゃないか、というゲームの企画を考える仕事」
タケルは頷きながら、真剣に耳を傾けている。
「次に、プログラマーとデザイナー。プログラマーは、ゲームが動く仕組みを作る仕事で、デザイナーは実際に画面で動くものを作る仕事って感じかな」
「なるほどです」
「最後はサウンド。これは言わずもがなだけど、ゲームのBGMやSEを作る人だね」
ここまで説明して、畠山は一呼吸置いた。
「まあ、人形劇を例にすると、劇の内容を考えるのがプランナー、人形を動かすのがプログラマー、動かす人形を作るのがデザイナー、音を鳴らすのがサウンドってところかな」
畠山が話を締めくくった後も、タケルは相変わらず腕を組んだまま何かを考えている様子だった。
「……最後の人形劇は分かりにくかったかな?」
「いえ、違うんです。……決めました、俺、プログラマーを目指します!」
俺と畠山の「へー」と言う声が重なった。
「なんで?」
「それはどうして?」
「だって、プログラマーがいないとゲームが動かないんだろ? ってことは、俺がいないと春斗はダメってことだ。仕方ないから、俺がお前のゲームを動かしてやるよ」
タケルがあまりにも自信ありげに答えたので、俺は思わず笑ってしまった。
「なんだよそれ」
「それに、プログラマーってなんかカッコいいじゃん。映画に出てくるハッカーみたいでさ」
「あはは。ウチじゃハッカーになる方法は教えてないけど、ちゃんと勉強すれば、立派なゲームプログラマーに成長できることは保証するよ」
畠山の言葉は力強く、その顔は虚勢ではない自信に満ちていた。
「オーケー。質問も無いなら、おおよその説明は以上です。最後に、授業の見学でもしていくかい?」
「え、マジすか! 行こうぜ、春斗」
思いがけないサプライズだ。もちろん、行かない手はない。
「はい、よろしくお願いします!」
俺たちは面談室を出て、校舎入り口の右側にある階段から二階へ上がった。二階の構造も、基本は一階と変わらない様子だ。畠山に案内されて廊下を進むと、窓から教室の中を見つめる一人の影があった。あれは……。
「……
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