第4話 小柄で可憐な乙女①

「おかえり春斗はると。ちょっと待っててね」

 家に帰ると、両親は既に夕飯を食べ始めていた。室内には暖房がよく効いている。このままでは汗をかきそうだなと思い、コートを脱いで椅子に掛けた。その間に、母親は茶碗にご飯をよそって、主菜の肉じゃがと共に食卓へ並べてくれた。

「どうぞ!」


「ありがと。……いきなりなんだけどさ」

 俺は、つい先ほど決まったばかりの夢を両親に打ち明けた。善は急げというやつだ。母親は聞きなれない言葉に目を丸くしていたが、すぐに普段の表情に戻った。

「まあ、春斗がなりたいなら、いいんじゃない?」


 反対されることも覚悟していた俺は、あっさりと認めた母親に肩透かしを食らった。

「え、そんな感じでいいの? それで食っていけるのか、みたいなやり取り無し?」

「受験の時はロクに志望校の相談もしなかった春斗が、目を輝かせて言ってるんだもん。止める理由が無いわよ」

「あはは……俺、そんな顔してた?」

 興奮が顔に出てしまっていたらしい。恥ずかしさから、右の頬を軽く搔いた。


「春斗、一つだけいいか?」

 それまで寡黙に食事を続けていた父親が、重い口を開いた。珍しく厳とした表情をしている。こういう時の父親は、核心めいた指摘をすることが多い。何を言われるかと、俺は気を引き締めた。


「中途半端にはしないこと。やるなら最後までやる。その覚悟はできているか?」

 父親も、どうやら反対している訳ではないようだ。無論、途中で投げ出すつもりなどない。俺は自らにも誓うように、力強く言葉を返した。

「もちろん!」

「ならばよろしい。お父さんたちは応援するから、一生懸命励みなさい」

 そういえば、両親と膝を合わせて会話したのはいつぶりだろうか。にこりと微笑む父親を、久しぶりに見た気がした。



 翌日、俺は父親の書斎でパソコンを立ち上げていた。夢を堂々と宣言したはいいものの、ゲームクリエイターにはどうやってなればよいのかが未だに分かっていない。飛鳥の講習で聞きかじっただけの知識では到底足りないと思い、まずは情報収集に徹した。


 ゲームクリエイターには大きく、プログラマー、プランナー、デザイナー(アーティストとも呼ぶらしい)、サウンドの、四職種がある。飛鳥はその中でも、プランナーのリーダー格である『ディレクター』だと、講習の時に説明していた。

 超えるためには、同じ所まで登るのも一つの手だ。そう思い、まずはプランナーとしてゲーム会社に就職することを目下もっかの目標に据えた。


 ゲーム会社への就職には、進学が一番手っ取り早そうだった。高卒での求人は見つけられなかったし、検索をすればゲームクリエイター用の専門学校も多数ヒットしたからだ。当然、このまま大学に進学するという選択肢もある。その場合は、今から受験する学部を修正する必要があるかもしれない。

 ネットには「大学でゲーム作りを独学するのは無理」「専門に行っても大手のゲーム会社には就職できない」などの、相反する意見が散見した。


「なんだよこれ、結局どこが良いのか分かんねーじゃん! こんなことなら、飛鳥さんにオススメの進学先でも聞いておけばよかったーー!」

 後悔先に立たず。他にも何か有益な情報はないかと藁にも縋る思いで検索を続けていたところ、ふと一件の見出しが目に留まった。


「学校紹介ゲーム『ブレス・クエスト』?」

 始めは怪しいサイトを警戒したのだが、今はどんな情報でも欲しい。背に腹は代えられず、リンクをクリックすることにした。

 直後、画面が暗転したかと思いきや、アップテンポな音楽と共に、画面に広大な草原のフィールドが映し出された。中には勇者と思われるキャラクターと、敵モンスターのような物が存在している。


「うおっ、なんか始まった。えーと、たたかう?」

 画面にはRPG風の選択肢が表示されている。試しに『たたかう』と書かれた文字をクリックしてみると、勇者が剣に炎を纏い、敵モンスターへ切りかかった。攻撃を受けたモンスターはライフが減って爆発し、辺りに黒い煙が広がった。

「倒した……?」

 だが、やがてモワモワと立ち上る煙が一点に集中していき、やがてその中心から、いかにも魔王という見た目のキャラクターが新登場した。


「勇者よ、この技を受けきれるかなー」

 突如、魔王が覇気のない声で喋り始めた。その演技は明らかに素人の物で、それまでの先頭エフェクトや登場演出と比較すると、クオリティ的に浮いていると言わざるを得ない。

 魔王の台詞が終わると、ゲームはそのまま別のミニゲームに移行した。上から魔王の放った火球が降り注いで来ている。俺は表示された説明文を頼りに、勇者を左右キーで操作して火球に当たらないよう努めた。


「なにぃー、やるなー」

 何とか勇者のライフを残すことに成功した俺は、棒読みに苦笑しつつ、おあつらえ向きに新しく表示された『ひっさつわざ』のコマンドをクリックした。

「行くぞー魔王―」

 勇者も喋ったーー! しかも、また棒読みだーー!


「はああああ、晴天滅却斬せいてんめっきゃくざん

 勇者が起伏に乏しい声で技名を言うと、先ほどよりも派手な炎と光を纏った攻撃が魔王に炸裂した。

「ぐわあああー」

 魔王は徐々に小さくなる断末魔と共に体が薄れていき、最後には完全に消滅した。

「ゲームクリア。遊んでくれてありがとな」


「……なんだったんだ、これ」

 呆然とパソコンを眺めていると、マップを練り歩く勇者を背景にゲームのエンドロールが流れ始めた。


 企画・進行

 第三期 企画学科卒業生


「ん?」


 戦闘プログラミング

 第三期 プログラミング学科卒業生


「これ、もしかして」


 戦闘音楽

 第三期 ミュージック学科卒業生


「やっぱり。これ、ここの卒業生が作ったゲームなんだ」

 その後のエンドロールでも、制作スタッフは全て卒業生で構成されていた。唯一、キャラボイスだけは、教師の名前が実名で記載されていた。


「なんか、面白そうかも」

 ゲームとしてあまり遊んだ気はしないが、演出は綺麗だったし、ミニゲームもギリギリに調整された難易度にハラハラさせられた。そういったゲーム作りの技術を、この学校なら教わることができるということだろう。

 失笑ものの棒読み演技も、おそらく教師が生徒の依頼を快く引き受けてくれた結果だ。そんな情景が目に浮かび、生徒と教師の距離感も丁度良く思えた。


「……決めた。ちょっと、この学校を調べてみよう」

 エンドロールが終わると、画面が切り替わって学校のホームページに飛ばされた。学校名は、ブレスクリエイト。


 入学希望者への欄には、電話予約をすれば翌日にでも校舎で希望者説明会を受けられると書いてあった。

「あー、もう時間過ぎちゃってるな」

 気づけば、カーテンの外はすっかり夜だ。当然、電話の受付時刻もオーバーしていた。やむを得ない、電話は明日に延期だ。



「――ってな訳で俺、専門の説明会に行く」

「マジかよ!!」

 恒例のゲーム中、タケルに一連の出来事を説明した。彼の驚嘆はマイク越しにイヤホンを突き抜けるほどだ。俺は密かに、設定からタケルのボイス音量を調整した。

「マジっす」


 タケルの操作キャラクターが、動揺からかその場でウロウロしている。

「でもまあ、話してる時の春斗めっちゃ楽しそうだったし、良いと思うぜ」

「え、そうか?」

 落ち着いて返答したつもりが、つい口がにやけてしまった。少し気持ち悪い顔をしている自覚があったので、タケルと直接顔を合わせていないのは救いだったかも知れない。


「はー。なんか俺も、大学じゃなくてお前と同じ専門に行こうかなー」

「痛っ! え、どうした急に。お前は普通に大学行けよ」

 タケルの急な発言に驚いて、敵の攻撃を躱すタイミングが狂った。


「俺が行く予定の大学って、ネットではFランとか、行っても仕方ないとか書いてあってさ。行く前から、ぶっちゃけ萎えてるんだよね」

「そんなの、俺が行こうとしてる専門にも同じようなこと書かれてたって」

「じゃあなおさら、どっちに行っても大差ないってことだろ?」

 そう解釈したか。屁理屈ではあるが、大学をカバーするつもりの言葉が、かえってタケルに免罪符を与えてしまったようだ。

「違うって。ネットの意見なんて鵜呑みにしない方がいいって話」

「まあな。でもどうせなら、自分の好きなゲームを作る仕事ってのも、面白そうじゃん?」


 せっかく受かった大学を蹴ってまで専門学校に入るなど、普通なら止めるべきなのかもしれない。しかし、人生を面白くするためにクリエイターを志している俺は、タケルの「面白そうじゃん?」を否定できなかった。大学を蹴る云々も含めては、俺もやる可能性あるし……。


「決めた。俺もその説明会に行ってみて、その後どうするか決める。だからとりあえず、予約は春斗に任せていい?」

「お前、そういう所ちゃっかりしてるよな。まあ、分かったよ」

 タケルだって馬鹿じゃない。俺はタケルの意思を尊重し、その要望を了承した。


 後日、ブレスクリエイトへ電話を掛けたところ、拍子抜けするほど簡単に説明会の予約が決まった。最大手の学校ではないからか、希望者は案外少ないのかも知れない。メッセージアプリでタケルにその報告をすると、すぐに返信がきた。


 サンキュー! もう受験勉強もいいやと思って、今日は予備校サボっちまったw

 今からカラオケ行くんだけど、春斗も来る??


 こいつ、本当は受験勉強に嫌気がさしただけなんじゃないのか。誘いを無視して説明会の集合場所と時刻を送ると、了解のスタンプが返ってきた。何はともあれ、二人でブレスクリエイトの説明会へ行くことが決まったのであった。

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