2-2話


 前方を狛夜に、後方を漆季に挟まれて、まるで罪人のように華は廊下を歩く。

 母屋の居間の前に着くと、狛夜が「組長、お待たせしました」と呼びかけた。


(え、組長さん……!?)


 もしや逃げようとした仕置きをされるのでは、と華は一気に顔を青くする。

 二人を廊下に残して震える足で居間に入ると、組長は巨木を輪切りにしたテーブルについて、隣に伏せたハチワレ犬をでていた。


「ずいぶん遅かったな」

「……申し訳ございません」


 華は弱々しく謝る。

 いつもなら常にたたえている笑みが浮かべられなくて、顔はこわったままだ。

 さすがの謝罪スキルも極道相手には通用しないと、昨日の時点で悟っていた。


「さっそくだが、嬢ちゃんには──」


 その先を聞きたくなくて、華はきゅっとスカートを握りしめる。

 ところが、警戒する耳に届いたのは、思いも寄らない提案だった。


「──あさに付き合ってもらう」

「え?」


 ぱっと顔を上げると、開けっぱなしの障子の向こうから、お皿やおちゃわんはしが次々に飛んできてテーブルに並んだ。廊下にはもう二人の姿はない。

 メインのお皿には、だし巻き玉子と焼き目がこんがり付いたシャケがのっている。

 豆皿に盛られた香の物は赤かぶ漬け。箸休めはちりめんさんしょうで、小鉢は菜花のおひたしだ。すりおろしたとろろ芋も胃に優しく美味おいしそうだった。

 あ然とする華に、組長は座布団を勧めてくる。


「突っ立っていないで座れ」

「は、はいっ」


 反射的に答えて、華は席についた。


「どうせ逃げても居場所はないぞ。仕事をクビになって、金に困っていると聞いておる」

「どうしてそれを?」

「あやかしといえど極道。めてもらっちゃ困る」


 恐らく、一晩の間に華の身辺調査を行ったのだろう。抜け目がない。

 何も言えずにいると、しゃもじがおひつからご飯をよそってくれた。

 豆腐の浮かんだしるわんふたは別々にやってきて、華の前に着地する。


「すごい、魔法みたい……」

「それらもようかいだ。つく神といって、長らく使われた器物が精霊と化したもの。江戸の頃は物を大事に使うのが当たり前だったが、近年では大量生産品を使い捨てるのが常だ。だから、此奴こやつらはこの屋敷でしか生きられん。それではいただくとするか」


 組長が手を合わせたので、華もならって「いただきます」と告げた。

 まずは、つやつやに炊き上がったご飯から。口に入れると、ふわっと優しい香りが広がる。硬すぎず軟らかすぎない粒立ちで、むたびに甘みが増す。


美味うまいだろう。腹いっぱい食べてやれば、付喪神も作ったがある」


(そうは言われても、緊張で上手うまく飲み込めないです……)


 無言になる華を気にもとめず、組長は、しょうを垂らしたとろろを熱心にかき混ぜた。


「ここには、人に化けても社会にめないものや、どこにも居場所がない妖怪が集まっておる。世間からのあぶれ者で自警団を結成したのが、あやかし極道の起こりなのだ。他の組には、極悪非道な妖怪ばかり集めてシマの住民を苦しめているところもあるが、うちは穏健派でな。入門できる妖怪も、この鬼灯ほおずきまるけいがんで認めたものだけだ」

「ワン!」


 伏せていたハチワレ犬が元気よくえた。

 組長の単なる愛犬かと思いきや、けっこう重要な役目を担っているようだ。

 やっとのことでご飯を飲み込んだ華は、思い詰めた顔で本音を告げた。


「……わたしはただの人間です。ここにいてもご迷惑になるだけだと思います」

「嬢ちゃんはそれを持つかぎり関係者だ。まだ分からんのか?」


 箸先で示されたのは、祖母にもらったペンダント──翠晶だ。


「翠晶を受け継ぐくずは、平安時代から続く名家だ。最初の持ち主である安倍あべのせいめいの血を継いでおる」

「安倍晴明って、映画やゲームに出てくる、あのおんみょうですよね?」


 エンタメの題材として引っ張りだこの歴史的人物。

 けれど、祖母が見せてくれた家系図にそんな記載はなかったし、華には縁も所縁ゆかりもないはずだ。

 あり得ない話に組長の冗談だと思って、華はまゆを下げながら精一杯の笑みを浮かべた。


「何かの間違いではないでしょうか。わたしは何の術も使えませんし……」

「術は使えずとも血筋は生きておる。遠い昔、まだ弱かった鬼灯組は、宇迦之御魂大神うかのみたまのおおかみから加護を受ける条件として一つの約束事を授かった。それが、安倍晴明の子孫である葛野家と、彼らが受け継ぐ宝物の、双方を見守っていくことだった」


 しかし、度重なる戦乱で、宝物ごと葛野家を見失ってしまった。

 何とか玉璽だけは見つけ出して厳重に保管していたものの、本来の持ち主と離れてしまったせいでようりょくが弱まり、翠晶を見つけ出すことは困難だった。


「嬢ちゃんと出会えたのは鬼灯組にとってぎょうこうだ。葛野の血族がこの屋敷にとどまれば、二度と見失うことはないのだからな」


 あまりに現実味がなさすぎて華は困惑してしまった。

 自分が安倍晴明の子孫だなんて、にわかに信じがたい。

 でも、翠晶の力を実際に目にしては、噓だとも言い返せない──。

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