1-4話


「やはり、すいしょうか」


 宿った翠色の光に、組長の顔色が明るくなる。


「翠晶だって!?」

 正体をさらしたままのこわもてたちも、ガヤガヤと色めき立った。


「ってことは、これで玉璽を見つけられるぞ!」

「組長のお命だって助かるぜ!」


 組長は、頰の皺を深めて手を打ち鳴らした。


「儂らは見ての通り人間ではない。妖怪で構成された〝あやかし極道・鬼灯組〟だ。嬢ちゃんが持っているそれは〝翠晶〟といって、ばくだいな力を妖怪に与えるお宝なのだ」

「これが?」


 ペンダントは亡き祖母から受け継いだもの。

 だが、渡された時も、死の間際にも、妖怪の宝物だなんて聞かされていない。


「ちょうどうちの組から、そいつの対となる〝玉璽〟が盗まれたばかり。翠晶と玉璽は互いに引き合う。玉璽が鬼灯組で保管されていたのも、翠晶の持ち主である嬢ちゃんならば知れたこと。もしや、盗んだのはお主か?」

「ち、違います! これは祖母からもらった、ただのお守りです。妖怪の宝物だなんて今の今まで知りませんでしたし、玉璽という物は見たことも聞いたこともありません!」

「では共犯か? お主が知らないと言ったところで、はいそうですかと帰してもらえると思うな」

「そんな……」


 華が鬼灯組にあった宝物を盗んだ犯人とつながっているだなんて、ひどい言いがかりだ。

 だが、いくらえんざいを訴えたところで、組長は聞く耳を持たないだろう。

 やっていないことを証明するのは、やったことを証明するより難しい。

 華が無実だと信じてもらうには、犯人を捕まえて盗まれた玉璽を取り戻し、華と犯人にまったく繫がりがないと示すしかない。

 しかし、鬼灯組の正体が妖怪だと知ってしまった以上、生きては帰せないと言われている……。

 そこまで考えて、華はひらめいた。


「あの、翠晶と玉璽は引き合う力があるんですよね?」


 組長が言うには、対である宝物はお互いの在りかが分かるらしい。

 つまり、翠晶の持ち主である華は、玉璽の在りかを探り当てることができる。

 和平的に鬼灯組から逃れるにはこれしかない。


「わたしが翠晶を使って盗まれた玉璽を見つけてきます。ですから、外に出していただけないでしょうか?」

「そんなに出たいか。翠晶を持っていると知られたら即、殺されてしまうというのに」

「え……?」


 組長は、錫杖の先で華の胸元を指した。


「翠晶もまた妖怪の宝物だと説明しただろ。これまで運よく露呈しなかったようだが、儂らの変化を解くほど強力な力を発揮した今、多くの妖怪はその在りかに気づいたはず。持ち主がか弱い人間と分かれば、殺して奪ってしまおうと考える者もいるだろう」

「そ、そんな非人道的なこと」

「できるぞ、妖怪は」


 意地悪く笑われて、華は言葉を失った。

 人間の姿をしているが、組長も妖怪なのだ。

 残虐な彼らには、謝罪スキルしか持っていない華では太刀打ちできない。


「ここが鬼灯組の屋敷でなければ、嬢ちゃんはとっくに襲われ、肉塊と化している。もちろん鬼灯組にも翠晶を欲しがる妖怪はおるが、儂を差し置いて手を出す愚か者はおらん」

「組長さんも、わたしを殺して奪うおつもりなのですか……?」


 カラカラに乾いた口で問いかけると、組長の表情は、ほんの少しだけ柔らかくなった。


「嬢ちゃん次第だな。ここに残って、儂らと共に玉璽を捜してくれるなら悪いようにはせん。自由もないが、危険もないように取り計らってやろう」


 鬼灯組から逃げ出しても、いずれ翠晶の持ち主だと知られれば華の命はない。

 かといって、翠晶を手放すこともできない。

 これは亡き祖母の形見。天涯孤独の華に残された、たった一つの家族のぬくもりだ。


(残された道は、鬼灯組に残って、彼らの玉璽捜しに協力すること……)


 華は、きゅっと翠晶を握りしめた。

 これまでの人生で、つらいことは一通り経験してきた。貧しくても、寂しくても、いじめられても、決して選ばなかった道がある。自ら死に飛び込むことだ。

 父と母に愛されてこの世に生まれ、そして、祖母が大切に育ててくれた自分の命の尊さを、華はどんな状況でも忘れたことはない。


「分かりました。ここに残ります。鬼灯組の皆さんと一緒に、玉璽を捜します──」


 だが、協力するのは玉璽を見つけ出すまでだ。

 それまでに、何とかして鬼灯組と翠晶を狙う妖怪から逃れる方法を見つけよう。


「よくぞ言ってくれた。しかし、いつ裏切るともわからないからな……」


 組長は、鋭い視線を華に向け、しゃくじょうを畳に突き立てた。



「鬼灯組の全構成員に言い渡す。この者を、次期組長の嫁にする!」



 いきなりの宣告に、ざわっと大広間が揺れた。

 成り行きを見守っていた狛夜と漆季も面食らった様子だ。

 事態をみ込めない華は、ぽかんと口を開けた。


「わたしが、あやかし極道に、嫁入り?」


 混乱する組員から華に投げかけられるのは不満と憤りだった。

 玉璽が見つかったら、こんなヤツもう関係ないだろ。

 妖怪に比べて弱い人間が、なぜよりによって次期組長の嫁に。

 仰々しい見た目の組員たちは、今にも襲いかからんばかりにふつぜんとしている。

 あまりの恐ろしさに、華の体は血の気を失って指先まで冷たくなった。


「よ、妖怪に嫁入りなんて無理です……」


 カタカタと震える様を見て、角を生やした鬼の漆季が進言する。


「親父。人間を嫁に迎えたら、鬼灯組を信頼しているエダ末端組織にも、シマの住民にも面目が立たねえ」


「僕はかまいませんよ」

 彼岸花が描かれた扇子を広げて微笑んだのは、ようの狛夜だ。


「組長なりのお考えがあるのでしょう。不肖このきゅうの狛夜、人間の嫁とも上手うまくやってみせます。朴念仁の漆季に、女の相手は難しいでしょうがね」


 すると、漆季の額にピキッと青筋が立った。


「なんつった、テメエ……」

おにしゃというのは耳が遠いのかな。お前に次期組長は荷が重いと言っただけだよ」

「……殺す」


「静まらんか!」

 一触即発の二人を一喝して、組長は立ち上がった。


たびの取り決めは絶対だ。嫁入りは半年後の皆既げっしょくの晩とする。せめてもの情けとして、夫となる次期組長は嬢ちゃんに選ばせてやろう。玉璽を捜しながら、ようく見極めることだな」



 ──シャン!



 組長が錫杖を鳴らすと、途端に組員は人間の姿に変わった。


(は、半年後……?)

 思ったよりもすぐに迫りくる期限に、華は呆然とする。


「話は以上だ。わしは部屋に戻る」

「待ってくれ、親父!」


 漆季は、組長を追って部屋を出ていった。

 残された華は、組員から送られる殺気に身をすくめた。


(どうして妖怪の、しかも極道の嫁にされなくちゃならないの!?)


 ぶつかった車が運悪くあやかし極道のものだったから。

 持っていたお守りが妖怪の宝物だったから。

 さまざまな不運の巡り合わせだとしても受け入れがたい。


 これからどうなるのか考えるだけで、目の前が暗くなり──華は気を失った。


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