1-3話


「あ、ああ、あなたたち、何者なんですか……!?」


 狛夜も、漆季も、何も言わない。だが、華を見る表情は二人とも険しく、青と赤の瞳はりんこうを宿しているかのように光っていた。

 華の危険メーターは、一気にレッドゾーンへと振り切れる。


(ここから逃げないと!)


 立ち上がって振り向くと、神社のご神木に巻くを首輪にしたハチワレ模様の大型犬が、進路をふさぐようにお座りしていた。


「ワン!」

「きゃっ」


 華はぶつかる寸前でとどまる。同時に、廊下から姿を見せた人物が声をかけた。



「静まれいっ!」



 しわがれた声は、ビリビリと空気が震えるほど大きい。

 思わず正座した華の後ろで、漆季や強面たちがひざまずく。唯一立っていた狛夜は、大勢の先頭に立つように前に出て、着物の裾をさばきつつ腰を下ろした。


「ご足労おかけしました、組長」


 深く頭を垂れる相手は、禿とくとうの老人だ。

 大きな鼻と盛り上がった頰、走った幾重ものしわあくじょうの能面のように恐ろしい。渋茶色の長着と羽織を着て、山伏が持つようなしゃくじょうつえ代わりにしている。

 老人の足下に、ハチワレ犬がトコトコと歩み寄ってお座りした。

 ──この人が、鬼灯組の組長。

 華は、にも似た感情を抱いて動けなくなった。


「狛夜、お前がついていながらこの騒ぎ。普段であればせっかんものだが……」


 組長は、華の手からあふれ出る翠色の光に目をとめた。


「厄介者がいるようだな。この嬢ちゃんはなんだ」

盗人ぬすっとを捜してシマを回っていたら、偶然、車にぶつかってきたんです」


 微笑む狛夜に対して、漆季の方は華をにらみながら言う。


「親父、ソイツは匂います」

「たしかに匂う。あやかし者と関わりがある匂いだ。しかして、それだけではようかいの正体は暴けん。なぜ、組員の変化が解かれたのだ?」

「僕の見立てでは、彼女のペンダントに秘密があるようです。金槌坊が殴ろうとしたら彼女を守るように発光しだしました。わずかに、宇迦之御魂大神うかのみたまのおおかみの気配を感じます」


 狛夜の説明にうなずいて、組長は華に問いかけた。


「嬢ちゃん、名前は」

「華……葛野華と言います」


 言い逃れはできないと悟って正直に答える。

 すると、組長は「葛野だと?」と衝撃を受けた。


「どうされました、組長?」

「葛野といえば、かの安倍あべのせいめいの子孫だ。長らくわしら鬼灯組が見守り、戦乱の混乱で見失った名家の血筋。つまり、この嬢ちゃんは──」


 何だか分からないが相手は混乱しているようだ。

 今が一世一代のチャンスだと思った華は、コールセンター勤務で習得した謝罪パターンを引き出して考えた。

 モンスタークレーマーに対応する場合、最短で電話を切るテクニックとして用いられるのは、話の主導権を相手から奪う方法である。

 まずは一切の反論をせずに相手の不満を聞く。たいてい怒鳴りつけられるが、人の怒りは二十分ほどしか続かないので、ひたすら聞き役に徹する。相手が疲れてきたら、今度は謝罪の言葉を伝える。口を挟まれないよう、あくまで誠実に。そして、相手をいい気分にさせたところで「ご意見ありがとうございました」と通話を終わらせるのである。

 モンスター集団の組長が相手となれば、これが最適解のはずだ。


「この度は、お騒がせして申し訳ありませんでした!」


 華は畳に両手をついてガツンと額を打ちつけた後で、申し訳なさそうに顔を上げた。


「皆さまに対するご無礼、謹んでおび申し上げます。地域を巡回されるご業務に差し支える事態になりましたのは、すべてわたしの不徳の致すところでございます。今後このようなご迷惑をおかけすることのないよう、誠心誠意努力して参る所存ですので、なにとぞかんじょくださいますよう伏してお願い申し上げます」


 すらすらと謝罪の言葉を並べる華に、一同はぽかんとしている。

 見事、自分のペースに巻き込んだ華は、精一杯の作り笑いを浮かべて立ち上がった。


「それでは、これで失礼させていただきます」

「動くな」


 歩き出そうとした瞬間、首筋がヒヤリとした。

 視線を下げると、短刀が押し当てられている。背後を取っているのは漆季だ。


(いつの間に……)


 きぬれさえ聞こえなかった。たった一瞬でこの間合いを詰めるなんて人間業じゃない。

 華の背中をじっとりした嫌な汗が流れる。


「鬼灯組の正体を知ったからには、生きて帰すわけにはいかない……」


 つかを握る漆季の手に力がこもる。

 今にも首をねられそうな迫力に、華の声は震えた。


「だ、誰にも言いません。ここで見たことは、すべて忘れます」

「そう言って裏切るのが人間だ」


 漆季は空いた手で華の首をつかんだ。鋭い爪が肌にきゅっとこすれる。


「あ……」


 ゾクリと肌があわって、華の口からは熱い息が漏れた。

 漆季の手はそのまま下へ、つうと肌をなぞっていき、鎖骨の辺りで止まった。


「騒ぎの元凶はコイツだ」


 漆季がペンダントのチェーンを引くと、シャツのえりもとから透明な宝石が飛び出した。


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