梅雨

「なぁ、」

「どうしたの?」

ロングが似合う暗い茶髪の女が、テレビに釘付けになっている。


「俺ら別れない?」

「うん、いいよ」

俺に視線を寄越すこともなく、澄ました顔でテレビを見続けていた。

窓に雫がいくつも張り付いている。

その日は雨が強かった。


***


あれから一年経った。

特に深い意味は無かった。その場の雰囲気で口に出た言葉を否定することもなく俺らは別れた。

あれから女と連絡を取ることがなかったし、取る必要もなかった。俗に言う音信不通ってやつだった。

二人の関係は、その程度のものだったんだと今なら思う。


恋人とは不思議なもので、結婚や離婚のように書面での契約もなく、小さな口約束で関係性は変わる。

恋人になったところで赤の他人には変わりない。

その人の特別になりたくてその肩書きを欲しがった。その肩書きは一言で無くなってしまったが。


煙草を吸いながら午後四時の街を歩く。

祝日なこともあり、この時間でも周りには学生のカップルが俺を通り過ぎていく。

空を見れば雲行きは怪しく、中には傘を持ってる人だっている。


あいつと別れてから煙草を再開した。何事も無関心そうな人が唯一口酸っぱく言っていた煙草。

吸っていたらどこからか現れて俺を怒ってくれるんじゃないかって叶わない期待をいつもする。

周りの人が傘を差し始める。

店の灯りが顕著に分かるようになった。

いつの間にやら俺の煙草の火は消え、額に髪がべったりとくっついている。



あの日もこんな雨だった。






ーーーーー




「俺ら別れない?」

ああ、遂にこの日が来てしまったのか、

いつも私を雑に扱う明るい髪色が似合う彼。

「うん、いいよ」

きっと彼を見れば涙がこぼれる気がして、ずっとテレビの画面しか見れなかった。


雨音が酷い。テレビの音なんて全く聞こえやしなかった。


***


あれから一年経った。

ずっと連絡は取っていない。何度も連絡は取ろうと思ったけど、あの人は嫌がると思うからいつも送信ボタンが押せなかった。

私は昔から感情表現が苦手だった。

だから別れを切り出されるのは仕方なかったし、別れ話を告げられるだろうと思ってた。ここであの人に縋ったら、きっと迷惑がられる。彼が望んだことは素直に受け入れようと、ずっと前から考えてたのに、やっぱり今でも引きずってる。


午後四時。いつも煙草の匂いがすれば無意識に彼を探す。別に煙草を吸う人なんて山ほどいるだろうに。

それと同時に雨の匂いがする。今日は天気予報で40パーセントと言われていたけど持ってきて正解だった。ポツリポツリと降り始め、傘を差す人が多くなった。私も慌てて傘を差す。



あの日もこのくらい雨音が酷かった。



もうそろそろ帰ろうと踵を返すと一人傘を持たずに佇んでいる人がいる。

その人は見知った顔だった。




「煙草はもうやめてって言ったでしょ」

傘に入れてやれば、彼は嬉しそうに頬を緩ませている。

「煙草吸ってたら来ると思ったから」

なんて言う彼を一年ぶりに会った今でも愛しく感じた。

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