アルバムの綿谷

「お待たせー。押入れの奥に入れ込んじゃってて探すの苦労したよ。…何?二人ともどうかした?」


「あっ…ありがとー、何でもないよ!」


「なによ。…あっ!もしかして別れ話でもしてた?!」


「違う違う!そもそも付き合ってないし!」


「そうだよ未歩!何言ってんの!」


「じょ、冗談よ。そんなに必死に否定しなくったって良いじゃん」


「だって、未歩がおかしなこと言うから~」


「ごめんって!ほら、ちゃんとアルバム見つけてきたからさ」


 未歩が分厚い本を渡してきた。本体の色は赤く、重厚な作りだ。表紙には「絆」と書いてあり、文字は金箔で箔押しされ高級感が出るような演出がされている。押入れに仕舞い込んであったせいか、綺麗な状態のままだ。


「わぁ~!懐かしい!卒業の時に開いた以来だよ」


「俺も同じくらいかも。めちゃめちゃ懐かしいな」


 アルバムを開いて見てみる。中身は懐かしい校舎の風景や、高校時代の行事を切り取った写真の数々、寄せ書きのページなど、一般的な構成だが、当事者として見るとノスタルジーを感じるものである。


「私も卒業式から帰ったらすぐ締まっちゃった気がするから。二人と同じだね」


 そのままパラパラとめくっていくと、クラス別のポートレートが並ぶページにたどり着いた。見たことがあるような無いような顔がズラリと並んでいて、ほとんどの人は笑顔を浮かべているが、中には笑顔が得意では無い人もいるようで引きつったような顔もチラホラと見受けられる。


「そうそう。こんな顔になるんだよな。俺も笑顔得意じゃないから証明写真撮るのとか苦手なんだよ」


「えー、そうなの?意外~。喋ってる時は普通なのにね」


「そりゃレンズを向けられてないからな。普段と違うって意識しちゃうとダメになる。そんなもんだよ」


「なるほどねー。あ、ねぇねぇ。うちら3組だったよね?」


「うん、だったかな」


 あか里は3組のページを開こうとするが、未歩が口を挟んだ。


「いやいや、4組でしょ。二人とも忘れちゃったわけ?」


「え、ここではそうなの…?」


 あか里は油断したのか、ポロっとそんなことを漏らした。聰が慌てて突っ込む。


「おい、ここではとか言うな」


「あーっ!ごめんごめん!気を抜いちゃってた」


(気はいつも抜けてないか?)


 あか里は牧島と再会したことや、卒業アルバムを見たことで若干警戒心が薄れてきているのかもしれない。

正直なところ、知られたからと言って危険な目に遭うわけでは無いだろうし、そんなことを話したところで、そもそも取り合って貰えるかもわからない。しかし、知っている世界では無いという何とも言えない薄気味悪さも手伝って、用心深く過ごすに越したことは無いと聰は考えていた。


「…どういう会話?」


「すまん、忘れてくれ。腹いっぱいになって眠いんだと思うわ…」


「あー、まぁ学校でもそうだったもんね」


「いやー、失敬失敬。ボーっとしちゃった」


 聰の高校は田舎にしては生徒の数が多く、1クラスが30人ほどだった。あか里は未歩の言う通り、4組のポートレートを開いてみる。そこには見たことのある顔がズラリと並んでいた。


「うぉ~。こりゃまたなついな」


「ホントだね~。皆元気かな?」


「どうかな?でも、ほとんどの人は県外に行っちゃってるかもね。私みたいのは珍しいよ」


「あ、さとくんいたよ。何か雰囲気違うね!」


「やっぱ、あか里もそう思う?年を取ったからって雰囲気じゃなくって、何て言ったら良いのかわかんないんだけど、なんか変わった気がするよね」


 聰はその会話に耳を傾けながら、目ではクラスのポートレートを眺めていた。50音順に並んでいるため、綿谷の「わ」で考えると最後の方だ。


「若松…渡辺…。………あった」


 一番最後の欄に綿谷の名前がある。未歩もそれを見つけたようで二人に向けて話を振った。


「あ、綿谷!あー!顔見て思い出したわ!全然関わり無いから忘れちゃってた。

この人のことだよね?でも、ここに来たことは無いかなぁ…?」


 未歩はやはり覚えが無いようだ。聰とあか里はそれを聞いて顔を見合わせるが、二人とも難しい顔をしていた。特に聰はアルバムを何度も確認し、難しい顔を更に険しくしている。


「えっと、これが綿谷…?」


「こんな顔だったっけね…?」


「二人とも久しぶりに見たから忘れちゃってんじゃないの?」


「いや、と言うより、綿谷って女だよね…?」


 聰は信じられないといった口調で二人に問い掛けた。二人はキョトンとした顔をする。


「いやいやいや、さとくん何言ってんの!綿谷くんは男の子でしょ」


「そうそう。謎の冗談とか良いから」


「いや、そんなわけ!だって、俺高校時代にちゃんと喋った覚えあるんだぞ?!女子だった…はず!」


「それなら私だってちゃんと話したことあるよ!男の子だった!未歩もそうでしょ?!」


「えっと、私は正直ちゃんと話した覚えは無いけど、その写真の通り、男子だったのは間違いないよ。もしかして、他のクラスの人と間違えてんじゃないの?」


 そんなはずはない。聰は同じ教室の窓から外を眺める彼女を覚えているし、内容は覚えていないが、話した記憶もある。

 そんなバカなと思いつつも未歩の言うように他のクラスも探してみるが、綿谷という名前の生徒は聰のクラスにしか存在しない。しかし、それは見たこともない男子生徒だった。

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