小さな違い

 あか里が扉を開く。


―――カランカラン―――


 懐かしくも馴染み深いドアベルの音に出迎えられる。カウンターに座っていた店員が気付き、こちらを振り向いた。


「いらっしゃいませー!……あれっ?!あか里?!」


「そうだよー!へへ、来ちゃった!」


「何よ、来るんなら連絡くらいしてよね〜」


「ごめんごめん!サプライズのが面白いかなって!」


「あんたはそういうとこ相変わらずだね〜」


「良いじゃん!未歩もサプライズ好きでしょ?」


「そうだけど、人に掛けられんのは面白くないのよ。人に掛けてナンボでしょ?」


「あっは、それいつも言うよね」


 なるほど。親友というだけあって会話がよく弾む。人のキャッチボールを間近で見せられて置いてけぼりを食らっている気分だ。


「ん、あれ?その人は…?」


「…どうも」


 聰は軽く会釈をする。やっと気付いて貰えてホッとした。


「そうだった!未歩覚えてる?!」


「覚えてるって…お知り合い?」


 あか里は困った聞き方をする。こういう時はお互いがお互いを何となく認知している状態でないと気まずい雰囲気が流れるものだ。案の定、気まずい雰囲気が周囲を漂っている。


「えっと、俺、宇津保。覚えてる?」


 この空気感に耐えられず聰が先に口を開いた。


「…え?宇津保くん!?全然わかんなかった!…何か雰囲気変わった?」


「そりゃ同窓会以来だから多少はね」


「勿論そうなんだけど、そういうんじゃなくって、何て言うか―」


 ちょうどその時、未歩の言葉を遮るようにお昼のチャイムが鳴った。


「ねぇねぇ、未歩。私たちお腹空いたんだけど、ランチやってる?」


「え、えぇ、勿論。…じゃあ、お好きな席にどうぞ。おしぼり持ってくるね」


「うん、ありがとー」


 窓際のテーブル席に腰掛け、外を見る。お昼にも関わらず、人も車通りもほとんどない。


「初めて来たけど、住宅街の隠れ家的な雰囲気で良いな。また来たくなるってのもわかる気がする」


「でしょでしょー?さっきも言ったけど、ご飯も美味しいんだー」


「ここって、何が美味いんだ?」


「私はオムライスが好きかな?」


「ふむふむ、オムライスね。どれどれ…」


 聰はメニューを見てみる。喫茶店メニューというのは、素朴ながらもその店の個性がはっきりと現れる。

 例えば文字のフォント、品物の配置、何を売りにしているかなど、挙げればキリが無いが、言ってみればちょっとした読み物をするような気分で、喫茶店という場所の雰囲気を味わうのとは別な楽しみ方を提供してくれる。


「あれ?オムライスなんて無いぞ」


「え、うっそだー!」


「いや、ホントだって。ほら、見てみ」


「そんなわけ…」


 あか里は引ったくるようにメニューを奪う。そして、目を皿のようにしてメニューを見始めた。そのまましばらくメニューと格闘していたが、諦めるように口を開いた。


「ホントだ…。無い…」


 外食する時は何を注文するか先に決めて行くか、お店でメニューを見て決めるかのどちらかであろうが、あか里は先に注文を決めておくタイプなのだろう。お目当ての物が無いことに軽いショックを受けているようだ。そこに未歩が水とおしぼりを持ってやってきた。


「どうしたの?注文決まった?」


「ねぇねぇ!オムライスって無くなったの?!」


 あか里は未歩にすがるように問い掛けた。お腹がオムライスを受け入れる体制になっていたのかもしれない。そういう時はなかなか切り替えが難しいものだ。


「は?オムライス…?メニュー見た?うちは最初っからオムライスなんて、メニューに載っけて無いけど…」


「そんなわけないよ!だって………あっ!!」


 そこまで言ってあか里は何かを察したように聰の顔を見る。聰もオムライスへの執念に若干呆れていたが、あか里の表情を見て理解した。


「ご、ごめん!何でもない!そうだったそうだった!他の店と勘違いしてたよー」


「も〜、ビックリさせないでよ〜」


「あはは、ごめん!お腹減っちゃって頭がこんがらがっちゃった」


「大丈夫?しっかりしてよね」


「大丈夫大丈夫!」


 未歩に不信感を与えない方が良いだろうと聰が助け舟を出した。


「ここって何がオススメなの?俺、初めて来るからメニュー見ても迷っちゃってさ」


「オススメか〜。うーん、ビーフシチューライスかな?」


「それも美味しそう!」


「じゃあ、それ二つ貰える?」


 あか里はさっきの様子が嘘のように早くも立て直している。さっさと切り替えて、ビーフシチューライス腹を整えたようだ。その様子に若干呆れながらも聰は注文をした。


「はーい。ビーフシチューライス二つね。少々お待ち下さいませー」


 未歩は取ってつけたような敬語を使って厨房へと消えていった。


「はぁ〜、ビックリした〜」


 あか里は糸の切れた人形のようにテーブルに突っ伏した。自室に戻った時は自分もこんな感じだったなと聰は思った。


「そりゃあこっちのセリフだよ。ヒヤッとしたぜ」


 悪いことをしたわけでは無いが、お互いにあらぬ誤解を生むわけにはいかない。このことは他人に言わない方が良いだろうと二人は考えていた。


「そんなこと言ったって突然だったんだから仕方ないじゃん。

むしろ、よく切り抜けたって褒めて欲しいところなんですけど?」


 確かにあそこでよく言い訳を絞り出したものだ。そこは感心するところである。


「わかったよ。…あか里はスゲェなぁ?!」


「フフフ、そうだろうとも。もっと褒め称えても構わんよ?」


「調子に乗んなっての」


「良いじゃないのよ〜!」


「もうダメ!おーわーりっ!」


「さとくんのケチ!」


「ケチは違うだろ!

………それより、話すことがあるんじゃないか?」


「そうでした」


 あか里は真剣な顔に戻る。コロコロと表情が変わるやつだなと聰は思った。


「オムライスの話なんだけど、…元の世界には絶対あったはずなの」


「記憶違いではなく?」


「うん、間違いない。だって、ここに来る度に頼んでたんだから」


「へ~、それなら間違いようが無いな。ってことは、これもいやしのアハ体験の一つってことか」


「そういうこと!」


「こんな小さな違いもあるんだな。これがクイズなら絶対に正解出来ないわ…。

でも、オムライスならどこの喫茶店にもありそうなもんだけど、何でここには無いのかね?」


「わかんない…。でも…」


「…でも?」


「確か前に未歩が教えてくれたことがあったんだけど、ここの喫茶店の卵って近くの養鶏場から仕入れてるから新鮮で美味しいんだって」


「…うん、それが?」


 いきなり何の話をしているのだと思いつつも、聰は耳を傾ける。


「ほら、オムライスって卵が命ってところあるじゃない?」


「まぁ…そうかな?」


 他の要素もあるだろうに、なかなか極端な話をするなぁと思いつつも、それには触れずに会話を続ける。


「だから、ここにはその養鶏場が無いんじゃないかな…?美味しい卵のオムライスが作れないから、ここのメニューに無い!」


 少しの沈黙が流れ、聰が口を開いた。


「…面白い意見だとは思う」


 意外にもまともな意見で驚いた。確かにそれなら無い理由の説明になり得る。あか里はこういうところがあるから侮れない。


「やっぱり?!いい線いってるよね?!」


「なんか悔しいな…」


「なんでよー!名推理と言って欲しいな」


「それなら、名推理かどうか、牧島に聞いてみようぜ」


「よーし!見てなよ~?」

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