思わぬ再会

 聰は妙な動悸がしてきた。


(鬼が出るか蛇が出るかってことわざ、こういう時に使うのかな)


「よし、行くか」


 目指していた場所に着いた。家は立っている。しかし、聰の知る実家ではない。古いというほどではないが、新しい家というわけでは無さそうだ。

 ちょうどその家の前を掃いている女の人がいる。年は聰と大きくは変わらないように見えた。20代半ばといったところだろうか。長い黒髪に白いワンピースを着ていて、その髪は日差しを受けてキラキラと輝いている。

 少し迷ったが、意を決して声を掛けてみることにした。


「あの、お掃除中にすみません」


「はい?」


「こちらのお宅なんですけど、昔からこちらにあるお宅でしょうか?」


 女性は家を振り返りながら


「えぇ、そうみたいですね…」


 と、答えた。


(みたい…?)


「何年くらいになりますかね?」


「もう10年以上前になるらしいですけど、何でそんなことを…あれ?さとくん?」


「え?」


「あなた、さとくんでしょう?」


「さ、さとくん?!…そうですけど」


「やっぱり!私のこと覚えてない?」


 聰は固まった。元の家について調べているところに思わぬ方向から石を投げられた気分だ。


「あー、覚えてないんだ…」


 女性は寂しそうに言う。


「ちょっ、待って待って!ごめんなさい!今それどころじゃないっていうか…その…えーっと、今思い出しますので!」


 女性は一転、ころころと笑いながら

「はい、ごゆっくり〜」


 などと言う。


(なんなんだ?こっちは大変な思いをしてるってのに…)


 言いたいことはあったが、ひとまず思い出す作業をしてみる。しかし、知らない場所かもしれないこの土地に聰が思い当たる知人などいるものだろうか。顔をまじまじと見てみる。


「ちょっと!ガン見し過ぎ!」


「うわ!ごめんなさい!」


 聰は暑さとは違う変な汗を掻いてきた。

 ふと、女性の口元に目が行く。唇の下にホクロがあった。


(あれ?もしかして…)


「あか里…三枝あか里か?」


「ピンポーン!せいかーい!」


 聰はホッとした。

 三枝あか里は聰の同級生で幼なじみだ。近頃はあまり会う機会は無かったが、子供の頃はよく一緒に走り回って遊んでいたものだ。


「覚えててくれたんだ?」


「正直、言われるまで気付かなかったよ。最後に会ったのなんて高校の卒業式以来じゃない?」


「もうトボケちゃってさー。5年前の同窓会でも会ったじゃない」


「え?!そうだっけ?」


「そうだよ、もー。老化ですかい?」


「いやはや、すっかり腰が曲がっちまって…」


「あはは!おっかしい!」


 久しぶりの再会だというのに息の合ったコンビのようなやり取りだ。


「でもさ、何でこんなところにいるんだ?東京で就職したんじゃなかったっけ?」


「いきなり込み入ったことを聞くじゃないの」


「あ、そうだよな。ごめん!聞かなかったことにしてくれ!」


「口に出しちゃったじゃん。もう良いよ!」

「…実はね、仕事でちょっとやらかしちゃってさ。しばらく実家にご厄介になってるんだ」


「そうなのか?そりゃ奇遇だなぁ。実は俺も今日からこっちに戻ってきたところなんだよ」


 聰はおどけたように言った。


「えー、偶然だね!二人合わせて厄介ズじゃん!」


「一緒にすんな」


「アハハー。でもさ、急にうちのこと聞いてきてどうかしたの?」


「うち?」


「うん、この家でしょ?ここうちの実家だよ」


「ここが…?間違いないのか?」


「…そうだってば。だから、掃除してたんだよ」


「そうなんだ…」


 やはり元の家では無くなっていたようだ。しかし、まさか幼なじみの実家になっているとは。


「難しい顔しちゃって。どうかしたの?」


「いや、何でもないんだよ。帰ってきたの5年ぶりだからさ、思い出に浸ってたんだ」


「ふ~ん」

「…さとくんさ、何か嫌なことって言うか、変なことでもあった?」


 聰はドキリとした。あか里は昔からこういう勘を働かせるのだ。とはいえ、ここは俺が知ってる場所じゃないかもしれない、なんて言葉はなかなか口に出せるものではなかった。それに何より、今目の前で話をしているあか里が自分が知っているあか里かどうかさえも確かではないのだ。


「藪から棒に何を言うんだよ」


「思い付きってわけじゃないよ。ただ、さとくんの顔を見てそう思っただけ」


「…別に何もないよ」


「怪しいなぁ…」


「何がだよ」


「まぁまぁ、聰少年よ。この私に話してみてはどうかね?」


「なんだそりゃ」


「あは、良いから良いから」


こういう時の彼女には妙にほだされてしまうことがある。


「んー、じゃあ一つだけ」


「ふむふむ。それから~?」


「まだ言ってねぇよ」


 聰は呆れた顔をする。

「もう話さねぇぞ」


「ごめんごめん!もうふざけないから~!」


「ったく…」


「もし、もしなんだけど、自分ちが自分ちじゃないって思うことがあったら、あか里はどうする?」


「…え?それってどういう…」


 あか里の顔がこわばった。聰はその瞬間、まずいことを聞いてしまったと思った。


「わ、悪い!やっぱり何でもない!…俺、用事思い出したから今日は帰るわ!」


 聰は慌ててその場を去ろうとした。しかし、


「待って!」


 あか里が呼び止める。


「ホントに何でもないんだって!気にしないでくれ!」

 聰はぎこちない笑顔を向ける。さっきよりも大量に嫌な汗を搔いていた。


「さとくん」


「な、なに?」


「ここの家ってさ。さとくんのお家じゃなかった?」

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