同じようで違う場所
「悪い冗談はやめてよ。だって、じいちゃんとばあちゃんはーー-」
「帰ったぞ〜」
不意に玄関の方から声がする。誰かが来たらしい。
「お、帰ってきたみたいだな。二人ともお前が帰ってくるのを楽しみにしてたんだぞ」
「二人って…誰?」
実家は両親二人暮らしのはずだ。他の誰かと住んでいるなんて話、聞いたことがない。
おいおい、またサプライズかよとボヤきたくなる。そして、居間のガラス越しに二つの影が見えたかと思った次の瞬間、戸を開けて人が入ってきた。
「おぉ、聰よく帰ったなぁ!」
「無事に着いて良かったねぇ」
聡は目を疑った。
「…嘘だろ…?どうして…?!」
夢でも見ているのだろうか。そこには亡くなったはずの祖父母が立っている。
「どうしてって、お前が帰ってくるって言うから早めに仕事を切り上げてきたんだよ。なぁ、香苗?」
「そうよ、聡くん。おじいちゃんったら早く早くって大変だったんだから」
祖母は笑いながら言った。
「余計なことは言わなくって良いんだよ。…全く!」
祖父はムッとした顔で言う。
「…っておいおい!どうした聡?!」
「ちょっと!聰くん!」
聰は両頬を思いっきりつねっていた。信じられない。めちゃめちゃ痛かった。
痛みを感じるということは、これは夢ではないのだ。
聡は恐る恐る確認する。
「ホントにじいちゃんとばあちゃんなの…?」
「そうだよ。他の誰に見えるって言うんだ?」
聰は思いがけず涙を流していた。もう会えないと思っていた祖父母にまた会えるなんて。こんなに嬉しいことは無かった。
泣いている間、両親と祖父母は何も言わず寄り添ってくれていた。
ひとしきり泣いたところで父が口を開いた。
「何があったのかは聞かないが、お前も大変だったんだな」
じいちゃんもそれに続いた。
「そうだ、聡はよく頑張った」
「うん、急に泣いちゃってごめん。」
「何言ってるの聡くん。家族でしょ?そんなことは気にしなくっても良いのよ」
「お母さんったら甘やかさないでいつも言ってるでしょ?まぁ、今日くらいは構わないけど…」
懐かしい空気だ。祖父母が健在だった時はいつもこうやって一家団欒を楽しんでいた。まさかまたこんな時間を過ごせるなんて思いもしなかった。
しかし、同時に理解してしまった。
おかしなことが続くとは思っていた。スマホや家のこと。無理な理由付けではあるが、それは後で両親からサプライズだったなんて話をされるんじゃないかと思っていた。それに、自分や両親の思い出に関しては同じことが共有出来ていたのだ。
しかし、祖父母のことは全く別の話だ。二人が亡くなったのは聰が高校時代の時。葬儀にも参列して、亡くなった顔も見た。最後は火葬場まで見送ったのだ。成人式にプレゼントなど貰えるはずがなかった。
だが、二人は今聰の前に立っている。頬の痛みも感じたし、現実にそこにいるのだ。しかし、そのことでここが自分の家であって自分の家でないことを痛切に感じさせることになってしまった。
「聡、落ち着いたか?」
と、父。皆、心配そうに顔を覗き込んでいる。
その顔を見て、この人たちにこれ以上余計な心配は掛けないようにしようと思った。
「うん、大丈夫。ごめん、久しぶりに家族皆に会えて感極まっちゃったよ」
「ハハハッ!そうかそうか」
祖父が豪快に笑った。祖母は聰の言葉にもらい泣きしているようだ。
両親は不思議な顔をしながらも笑みを浮かべていた。
「そうだ。俺、こっちの友達に連絡するの忘れてたから部屋に戻るね」
「おぉ、そうか。そしたらまた後でゆっくり話そう」
祖父は少しだけ寂しそうに言った。
「わかった。また後でね」
聰はそれだけ言って居間を出た。
聰は自室へと戻ってきた。しかし、友人に連絡を取るためではない。これまでのことを整理する時間が必要だった。
まず、ここが聰の実家でないことは確かだろう。それは、これまで見てきたことで明らかだ。
父が持っていないはずの携帯電話、見知らぬ実家、母との記憶のズレ。そして何より、祖父母が生きていること。
わずかな違和感なら多少の記憶違いで済んだかもしれないが、これほど大きな記憶の食い違いをするとは考えられない。
ならば、自分はどこに迷い込んでしまったのだろうか。最寄りの駅までは確かに地元にいたはずだ。少なくとも風景は記憶のそのままだった。しかし、現状を理解するには情報が足りないと言える。
このまま何もわからずにこの場所に居続けることは出来ない。
聰は思い切って家の周辺を調べてみることにした。居間にいる家族に声を掛けて外に出る。
家を背にして正面の道路に出た。なだらかな坂になっていて辺りは鬱蒼としている。ポツポツと民家があるので、ご近所さんはいるようだ。
しばらく歩いたら開けたところに出た。交差点になっている。歩いてきた方を見てみると小さな山のようになっていた。
その時、ハッと気付いた。元の家の近くにある山かもしれない。いつも見ている方向と違うために気付かなかったが、反対方向に出たらしい。
「この山があるってことはこの反対側に元の家があるかもしれない」
聰はそちら側へ歩いてみることにした。
そこまでの道のりも周囲を観察しながら歩いた。記憶と同じ建物が立っていることもあったし、そうじゃないこともあるようだった。
(地元なようで地元じゃない…。でも、まるっきり違うわけでもない。なんなんだ?)
答えを見いだせないまま歩いていた。15分ほど歩くと、元の家があるであろう場所へと辿り着いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます