見知らぬ実家

 広い玄関をくぐると下駄箱の上に母が生けたのであろうか、花瓶に綺麗な花が飾ってあった。しかし、その横には似つかわしくない、鮭を咥えた木彫りの熊が置かれている。花瓶とのアンバランスさに熊も居心地の悪さを覚えているんじゃないかと思わせるたたずまいだ。

 しかし、聰はこれに覚えがあった。以前、両親が北海道旅行に行った時にお土産に北海道らしい物をとリクエストし、買ってきた物がこれだった。

 聰は北海道の食べ物を期待していたのに、似ても似つかない置き物を買ってこられたことにとてもガッカリしたことを覚えている。そこで熊には申し訳ないが、仕方なく家の玄関を見張っていただくことにしたのだった。


「これ、まだあったんだね」


「熊のことか?まぁ置き場所も無いからな」


(引っ越しても玄関を見張らされるのか、難儀なことだな…)


「久しぶりに帰ってきたんだからご先祖様に挨拶しとけよ」


 聰の実家は昔からそういった目に見えないモノに対して畏敬の念を抱いて大切にしていた。聰自体は否定も肯定もしていなかったが、実家にいる時は両親に従い、倣うようにしている。


「あぁ、うん。」

「えーっと、仏間ってどこだったっけ…?」


「まったく、それも忘れたのか?突き当たって右奥の部屋だよ」


「ごめんごめん。…ほら、疲れてるからさ」

最早常套句になりそうだ。サプライズに乗っかるのも大変だと、聡は思った。


 父に教わった奥の部屋へと向かった。

部屋に入るとしんとした空気が漂っていた。部屋の中央の奥には仏壇が鎮座している。聰はその前に座った。


 目を閉じて、手を合わせ拝む。

(帰ってきました。色々と心配を掛けてしまってごめんなさい。

お休みを貰ったので少しだけここでゆっくりしようと思ってます)


 そんなことを報告した。目を開けてまじまじと仏壇を見てみる。すると、あることに気付いた。仏像の光背が欠けているのだ。


「あぁ、これもそのままなのか」

 仏像の欠けは聰が子供のころ、誤って落としてしまったことが原因だった。しかし、それだけではない違和感がここにはあった。


「あれ?遺影が見当たらないな…」


 祖父母の遺影が無い。

 祖母は10年ほど前、病気に掛かり亡くなった。先立たれた祖父はみるみると弱ってしまい、それから2年と経たず、後を追うように亡くなった。おじいちゃん子、おばあちゃん子だった聰は酷く落ち込んだものだった。


「どこにやったんだろ?飾ってないと寂しいもんだな…」


 聰は仏間を出て声を掛けた。


「ねぇ、じいちゃんばあちゃんの遺影って無いの?」


 父は訝しげな顔をして

「あるわけないだろう。何を言ってるんだ」


 と、答えた。


「あー、そうなんだ」


(自分の両親なのに何でそんなこと言うんだろ)


 父の答えに疑問は感じたものの、当然といった口ぶりだったのでそれ以上は突っ込まないことにした。


 聰は自分の部屋を覗いてみようと思った。しかし、どこにあるのかわからない。両親に聞けば良いのだが、更に不審がらせるわけにはいかない。そこで遠回しに確認してみることにした。


「あぁ、そういえば、さっき外から俺の部屋を見たんだけど、窓ガラスが割れてたかも。お父さんかお母さん、どっちでも良いんだけど、ちょっと一緒に見てくれない?」


「えー、本当に?一昨日掃除した時は全然気付かなかったのに」


「うん、悪いけど、ちょっと見に来てくれる?」


「わかった。行きましょ」


 母の後をついて二階へと上がり、左奥の部屋へと歩いていく。どうやらそこが自分の部屋のようだ。聰はミッションを達成した気持ちになり、少しだけ嬉しくなった。


「あなた、何をニヤニヤしてるのよ?」


「え、いや、俺がいない間も掃除してくれてたんでしょ?それが有難いなぁって思ってさ」


 慌ててそんな言葉を発したが、噓ではない。母の心遣いには頭が下がるばかりだ。


「おだてても何も出ないからね!」

「…ねぇ、窓ガラス割れてないみたいよ。見間違いだったんじゃないの?」


「そうかもしれない。ごめん」


「まぁ割れてないんなら良いわ。…じゃあ、ゆっくりしてなさい」


「うん、ありがとう。…あ、そうだ。もう一つ良い?」


「なに?今度はどうしたの?」


「お父さんさ、スマホ買ったんだね」


「あぁ、うん。あの新しいやつね。それがどうかした?」


「うん、昨日お母さんと電話で話したじゃない?その時にさ…」


「昨日?一昨日じゃなくって?」


「いや、昨日だよ。今日帰るって伝えたじゃない」


「そんなはずないわ。だって、一昨日の電話はお友達と約束してた日でちょうど外出中だったもの」


「えぇ、嘘だろ?」


「嘘なもんですか」


「えぇっと、じゃあさ。お父さんが携帯電話を持ちたがらないから同僚の人が困ってる~とか何とか言う話は…」


「そんなこと話してないわよ。だいたいお父さんは昔から携帯持ってるし」


「いやいやいや!お父さん携帯持ってないからいっつも家の電話で話してたじゃん」


「誰のことを言ってるの?あなた昨日はお父さんの携帯に掛けてきてたのに。今日の電車の時間伝えてたんでしょう?」


(なんだって?!)


 聰は言葉を失った。自分の記憶とは明らかに違う。


「…ごめん。ちょっと一人して貰っても良いかな?」


「何よ。あなたが呼び止めたのに…。大丈夫?あなた今日ちょっと変よ」


「ごめん、多分大丈夫…。」


「そう?じゃあゆっくりなさいね」




「…はぁ、参ったな…」


 両親の話と自分の記憶とが大きく違う。実家でゆっくりと休みたいだけだったのに自分の状態を思い知らされるようで泣きそうになった。


「仕方ないか…。そのために実家に帰ってきたんだし」


 諦めにも近い気持ちで聰は呟いた。


「とりあえず、休むか…」


 聰は部屋を見回してみた。


「ここが俺の部屋…」


 広さは以前とさして変わらない。しかし、聰が暮らしていた実家とは明らかに違うのにも関わらず、部屋にある私物や家具の配置はほぼそのままの状態だった。


 「驚いた。引っ越したってのに同じ場所に置いてくれたのか?」


 手間と労力の掛け方に聰は驚きと同時に得も言われぬ不気味さを感じた。

(普通そこまでするか…?)


 部屋の状況をあらかた見終わってから、不意に、気になった机の引き出しを開けてみた。すると、見覚えの無い箱が入っている。


「ん、なんだこれ?腕時計?」


 知らない腕時計だった。自分で購入した覚えは無い。しかし、自室の机に入っていたということは聰の物なのだろう。

 休むつもりでいたが、こうなったらわからないことは全部聞いてってやるという、妙な気持ちが湧き上がってきた。


 聰は再び一階へと降りていった。

 居間らしきところへと入ると、そこには両親がいた。


「あら?あなた一人になりたいんじゃ無かったの?」


「そうなんだけど、ちょっと気になることがあってさ」


「もう。今日は質問が多いのね」


 母が言ったが、構わずに聞きたいことを投げ掛けた。


「これなんだけど、見覚えある?」


 と、引き出しの腕時計を見せた。


「ん〜?見たことあるけど…なんだっけ?」


「もうしっかりしてよ」


(今の俺には言われたく無いだろうけど)


 と聰は自嘲気味に考えた。

 すると父が言った。


「あぁ、これか。お前が成人式の時にじいちゃんと婆ちゃんが記念でプレゼントしてくれた時計だろ?」


「プレゼント?じいちゃんとばあちゃんが?」

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