重なる思い出

 聰は困惑した。まさか、あか里の口からそんな言葉が出るなんて。

 しどろもどろになりそうな自分を抑え、努めて平静を装って聞き返した。


「…なんでそんなことを言うんだ?ここはあか里の家なんだろ?


「そうだよ?さとくんも来たことあるから知ってるよね?」


「…当然だろ。ここはあか里の家だ」


「じゃあ、さっき何であんなこと聞いてきたの?」


「あんなことってなんだよ」


「ここは昔からあるお宅ですか?って」


「…っ!」


「来たことがあるんなら、そんなこと聞く必要ないよね?」


「そ、それは…俺が5年ぶりに帰ってきたから、ちょっと混乱してたんだよ」


「違うね。だって、さとくんさっき言ってたじゃん。思い出に浸ってたって、そんな人がここは昔からあるお宅ですか?なんて聞くわけないでしょ」


「…そんなことわからないだろ」


「わかるよ。だって、さとくんじゃん」


「なんだよ、それ…」


「さとくんさ」


「…」


 聰は答えられない。


「車出せる?」


「…は?」


「だから、車出せる?って」


 聰は面食らってしまった。予想もしない方向からボールが飛んでくるので上手く処理が出来ない。


「車?車ってあの車のこと言ってる?」


「あのもそのも無い!車!自動車!CAR!ハイブリッド!EV!」

「最後の二つはちょっと違うだろ!…い、いや、そうじゃなくって、俺免許持ってないんだよ」


「えー!そうなの?!」


「そうだよ。都会じゃいらないだろ?」


「そうだけど、身分証代わりに取るとかもしなかったんだ…?」


「俺の場合は社員証あったし、保険証で十分だったんだよ」


「あー、なんてことだー」


「なんなんだよ」


「もー、仕方ないですね。私に任せなさい!」


「なにを?」


「私が車運転するから」


「え、免許持ってんの?」


「たしなむ程度ですが」


「どんな程度だよ」


「というわけでお任せなさい。ほら、行くよ!」


「今からかよ?!」


「今行かなくっていつ行くの。ささっ、乗った乗った」


 あか里に追い立てられるように車へと乗り込んだ。


「おかーさーん、車借りるねー!」

 あか里は大声で家の方へ声を掛け、あっという間に車を出した。


「大丈夫かよ」


「大丈夫大丈夫」


「それで?どこに行くんだよ」


「どこ行こうねぇ?」


「は?決まってないの?」


「それがドライブってもんでしょ」


「そんなの聞いたことねぇよ」


「文句が多いなぁ。じゃあさ、さとくん行きたいところ無いの?」


「俺が行きたいところ?」


「うん」


 こんな時、いざ聞かれるとすぐにはアイデアは出てこないものだが、不思議と心に浮かんだ場所があった。


「ダム…かな」


「ダム?」


「そう。ダム」


「良いじゃん。もしかして、あそこ?」


 あか里は思い当たる場所があるようだった。


「…うん、同じ場所を思い浮かべてると思いたいな」


「…きっと大丈夫。行ってみよう」





 車は住宅街を走る。まるで失敗した塗り絵の様に、知っている景色と知らない景色が混ざり合い、まだらな風景を作っていた。目的地は決まっているはずなのに車がどこを走っているのか判然としない。

 しかし、不思議と不安な気持ちにはならず、むしろ何が出てくるのかとワクワクする気持ちさえ芽生えていた。


(あか里のおかげかもな)


 移動中はあか里が気を遣ってくれたのか、色々な話題を提供してくれたことで退屈することは無かった。


 あか里の家から30分ほど走ったであろうか。車が峠道を走り始める。間もなく目的地に到着するようだ。


「お待たせー。着いたよ」


「…変わらないな」


 聰には馴染みが深いダムへと着いた。水がたっぷりと張っており、釣り人の姿も見える。5年前まではよく友人とここへ来ていたものだ。その中にはあか里もいた。


「ここ以外にもダムはあるのに、よくここだってわかったね」


「凄いでしょ?」


あか里はニッコリと微笑んだ。そして、真面目な顔に変わる。


「さとくんは変わらないものが見たいのかなって思ってさ」


 再びドキリとさせられる。


「…そうかもしれない」


「私もここならさ、話せる気がしたんだ」


「さっきの話か?」


「それもだけど…私の話」


「あか里の?」


「うん」


「そっか。それならあか里の話だけで良いよ。俺の話は余りにも荒唐無稽過ぎて…」


「…別に良いよ。きっとさとくんにも関係あるから」


 聰はドクンという心臓の音に気を取られ、言葉が出なかった。


「さとくんはさ、自分の家が自分の家じゃないみたいに感じるんだよね?」


「だから、それは何でもないってーーー」


「私もなの」


「…え?」


「私もそうなの。あそこは私の家じゃない」


「…本気で言ってるのか?」


「こんなところまで連れてきて、これが冗談に聞こえる?」


「ご、ごめん」


 あか里の真剣な目に気圧され思わず謝る。


「だから、さとくんも同じことを感じたのなら話を聞きたいって思ったの」


 あか里は本気で話しているようだ。聰も覚悟を決めねばと感じた。


「わかった。でも、話す前に確認したいんだけど、あか里は俺が知ってるあか里だよな?」


「…そうだと思うけど」


「それなら良いんだ…なんて言ったら良いかな」


「あか里と同じかどうかはわからないけど…自分の家が自分の家じゃないって思ったのは本当だ」


「やっぱり」


「俺の場合は、父さんがスマホを持ってたり、母さんと話が嚙み合わなかったりって色々と…。後、これは俺の頭がおかしくなったって思わないで欲しいんだけど…」


「思わないよ。何?」


「俺のじいちゃんとばあちゃんが生きてるんだ」


「は?冗談言ってるの?」


 あか里の声が怒気を孕む。


「違うって!ほら、だから言っただろ…」


「さとくんのおじいちゃんとおばあちゃんってもうずっと前に亡くなったじゃん」

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