第2話 見知らぬメール

 その日の夜。知らない人からメールが来た。開いてみると、昨日のエアリーちゃんだったみたいだ。名前も覚えていなかった。何だっけなぁ・・・。一体誰の知り合いなんだろうか。

『今朝は先に会社に行っちゃってさみしかったよ。何で先に行っちゃったの?私とは遊び?』

と書いてあった。

 元々登録してないから、誰かわからない。

 文面から朝の子だと思って、『会社に遅刻しそうだったからごめん』と送った。

『電話で話したい』

『ごめん。今、外だから』

 しばらくして、知らない番号から電話がかかって来た。

 俺は出なかった。何度も何度も何度もかかって来る。異常だった。


 それから、しばらくして女の子の友達から電話がかかって来た。

「江田君、昨日、瑛子ちゃんの家にお泊りした?」

「うん」

「やばいよ・・・」

「何で?」

「瑛子ちゃん、最近、彼氏と別れたばっかりで・・・その時自殺未遂したんだよ」

「え。何でそんな子が合コンに来るわけ?」

「新しい恋を見つけたいっていうから」

「えぇ!」

「さっきから何回も電話がかかって来て、江田君が電話に出てくれないって泣いてたよ」

「そんなこと言われてって・・・。ほんとごめん。俺、電話出れない」

 俺は逃げた。直接対決したって、いいことなんかない。

「え・・・私も何回も電話かけられても困るんだけど」

「着信拒否すれば?」

「ひどい・・・だって、昨日エッチしたんでしょ?」

「でも、向こうから誘って来たんだし・・・」

「責任取りなよ」

「いやぁ・・・俺から誘ったわけじゃないから」

 俺は憂鬱だった。電話は着信拒否した。

 メールも着信拒否設定。これですっきりする。それで、しばらくは彼女が住んでいる沿線には行かない。彼女の勤務先は・・・俺の職場からはまあまあ離れてる。俺は油断していた。


 俺が会社で仕事をしていると、内線電話がかかって来た。

「江田さん、1番に安西さんっていう女性の方からお電話です」

 女の先輩が電話に出たらしい。後で噂になるだろうと思った。会社名を名乗らないのは、カード会社、サラ金、投資なんかだ。女からの電話だから彼女かもしれない、と噂になっているかもしれなかった。

「はい。江田です」

「江田君。やっと見つけた。何で電話出てくれないの?」

「いや・・・会社に電話して来られても困るんですけど・・・」

「じゃあ、携帯出て」

「わかりました」

 俺は携帯に出ざるを得なくなった。会社に何回も連絡されても困るからだ。

 俺がそのまま仕事を再開すると、すぐにまた内線がかかって来た。

「江田さん。2番に安西さんっていう女性の方です」

 くっそ・・・。

「はい」

「何で電話に出てくれないの?」

「今仕事だから夜8時以降でお願いします」

 俺は電話を置いた。

 

 取り敢えずトイレに行って、携帯メールと電話の着信拒否を解除した。

 するとすぐにメールが来た。

『江田君。見たら返信して』

 本文がないけど、俺は返信した。

『仕事中に電話しないでください』

『もう、しないよ。夜、電話してね』

 くそ・・・。当時は通話し放題じゃなかかったから、俺は電話したくなかった。

 でも、電話しないと会社にかかって来る。


 俺は夜8時に電話した。

「はい。ひろ子です」

 能天気な明るい声だった。

「もしもし・・・」

「江田君!電話してくれたんだ!お仕事、お疲れ様!」

「いや・・・あの、泊めてもらって御礼も言ってなくて悪いけど、会社に電話してくるのとか、まじでやめてくれない?」

「ごめんね。でも、どうしても声が聞きたくて・・・」

 女は泣き出した。

「そっちから誘ってきたんだし・・・」

「ひどい!私彼女じゃないの?」

「付き合ってないでしょ。どうかんがえても・・・俺、付き合ってって言ってないし」

「でも、エッチしたじゃない」

「だって、君が誘って来たんだし・・・」

「そんなことないよ。江田君が先に触って来たんじゃない」

「違うよ、布団に入りなよって言ったの君だろ」

「でも、触って来たの江田君だよ」

「だって、狭いんだからさ・・・そりゃ、しかたないよ」

「江田君が私のおっぱい触って来たんじゃない」

「そっちが先に触ってきたんだろ!」

「違う。ずるい。逃げてる!」

「えぇ・・・何言ってんの・・・電話代もったいないから切るね」


 俺は電話を切った。すぐに彼女から電話が来た。

 でも、その夜はもう取らなかった。

 翌朝見たら、着信が30件あった。それに、メールは50通。一番遅いのは夜中の3時半。


 俺は会社に行った。そしたら、会社の入り口にピンクのコートを着た女が立っていた。よく見たら、瑛子だった。頭が大きくて、随分スタイルが悪かった。昼間見たら絶対声を掛けていない。


 俺は無視して会社に入ろうとした。

「江田君!」

 周囲が振り返る。女は俺の腕にしがみ付いた。俺は振りほどこうとする。

「待って!」

 同じ会社の人たちが俺たちを見て笑っている。

「会社に入ったら不法侵入で通報するよ」

「いいよ!しなよ!」

 女は叫んだ。

 そのうち、人だかりができていて、俺の上司がやって来た。55くらいの人だった。今思うと人格者だった。

「何してんの?」

「この人に付きまとわれてて」

「この人にポイ捨てされました」A子は上司に言った。

「個人的なトラブルを会社に持ち込まないでくれる?ここは遊びに来るとこじゃないんだから。君、誰か知らないけど、非常識だよ。人に迷惑かけてるのがわかんないの?これ以上騒ぐと警察呼ぶよ」

「取り敢えず帰って」

 俺は言った。


 俺と上司は並んでエレベーターに乗った。

「申し訳ありませんでした」

「ストーカー?」

「はい」

「帰り気をつけて」

「はい」


 俺がその日普通に仕事をしていると、午後3時くらいに話しかけて来た人がいた。全然親しくない人で、顔と名前が一致しないレベルの人だ。

「江田君。外で女の子が待ってるよ」

「あ、そうですか・・・」

 瑛子は1日中外に立っていたみたいだった。

「”危険な情事”みたいだね。やったの?」

「いいえ」

「じゃあ、ただのストーカー?」

「はい」

 ストーカー防止法は2000年11月に施行されたが、その頃はまだこの法律ができる前だった。

「やっかいだね」

「はい・・・」

 その人は笑いながら去って行った。会社を出たら家までついて来る・・・俺は逃げる方法を考えたが、思いつかなかった。そこで考えたのは、誰かに話しかけてもらって、その間に逃げるというものだった。頼める人はいなかった。俺は社内にそんなに親しい人がいなかったからだ。


「大丈夫?」

 隣の人が声を掛けてきた。

 40代くらいの女性社員だった。既婚者で高校生の娘さんがいた。

「外で待ってるみたいで・・・」

「じゃあ、話しかけて気を逸らせておこうか?」

「え、いいんですか!?」

「うん・・・ちょっとかわいそうだから」


 本当にその人が声を掛けてくれていて、女が気を取られて喋っているうちに俺は逃げ出した。


「裏口があるって嘘をついておいたから・・・」

 俺はすごいいい人だなと思った。

 でも、実際は違った・・・俺が一回やっただけで、女の子を捨てたという噂が社内で広まっただけだった。俺はみんなから自業自得と言われていた。それから、女は朝は入り口で待っていた。雨の日も風の日も。きっと仕事を辞めたんだ。派遣で一人暮らしだったのに・・・どうやって生活してるんだろうか。


 『私すごい恋愛体質で・・・』合コンの時話していた。実際は、すごいストーカー体質で・・・だと思う。片思いのストーカー。


 




 





 

 




 

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